近似値でしかないのだけれど。
2014 / 07 / 13 ( Sun )
今回は、オカラクルカードをシャッフルしている時にぴょこんと飛び出したのが、大天使ラギュエルのRelationship Harmonyでした。

ああこのカードなんだな、となんとなく思ったので、そのまま絵を描きました。

大天使ラギュエル

相変わらず、同封したメッセージの内容は忘れがちなのですが、
この絵の場合はうっすら覚えております。

人と人が調和した関係性を創り出すためには、自分自身が深いところで何を望み何を求めているのかを知ることが大切なのでないか。
そして同時に、他人のそれを知ろうとすることが大切なのではないか。


…といったような内容だったと思います。


すると、お客様からメールをいただきまして、
現在のお客様が主題としていらっしゃることが、「正しく観る」ということなのだそうです。

自分の深いところの想い・望みを知るためには、他人のそれを知るためには、たしかに「正しく観る」ということが欠かせないよな、と思いました。

けれども、人間というのは思い込みや考え方の偏りを持っているのが当たり前…といいますか、そういう思い込みや偏りを通してでないと「世界」を認識できないのではないか、とすら思うのです。
無垢な赤ん坊から成長していくというのは、さまざまな「考え方・モノゴトの捉え方の刷り込み」がされていくということでもあり、そのフィルターを通して「世界」を観て、心が反応して、行動するのだと思うのです。

ですから、そのフィルターの下にある「ほんとうの望み」を、自分でもよく分からないまま何かに(時として過剰なほど)反応して行動してることが多いのではないか、と思うのです。

かと言って、フィルターをとっぱらうということは凡夫の我々には難しいと思うので、いろんな人の言動を通して、いろんな人のフィルターを知っていくことで、自分自身のフィルターの幅をうんと拡げていけば良いんじゃないかな、と思うんです。
フィルターの幅が拡がれば拡がるほど「こうあるべき!こうすべき!」という頑なさも減っていき、心の自由度も増していくと思うからです。
そうなっていけば、自分自身のほんとうの望みも、他人のほんとうの望みも感じ取ることができるようにもなり、それらを尊重するための言動をチョイスすることが出来るようになる……んじゃないかなー、なんて思うんです。
それが、「正しく観る」「正しく反応する」「正しく行動する」とニアイコールなんじゃないかなぁ~と考えるわけです。
(だって、そもそも何が正しいかなんて、そんなもの神様じゃないから分からないし~。なので「≒」でしか無いと思うのー。)


……とは言ってもねー、
そんなの簡単じゃないよねぇぇぇぇ。
簡単にできるなら、パレスチナであんなことになってないよねぇぇぇぇぇ(T_T)








なーんてね。
お客様のメールを読んでつらつらと考えていましたらね、こんなことがありました。

実は先日、娘の友達Aちゃんのお母さんから、○日と△日に2時間ほどAちゃんを預かっててくれないか、という電話がありました。
でも、(△日はいいけど)○日は小学校の個別懇談会が娘のと息子の交流クラスのと支援クラスのと…と、3連続であるので無理だわ~、って断ったんですね。

そしたら金曜日の夜に、娘が突然言ったんです。
「Aちゃん、○日は預かってくれるところが見つからなかったから、1人でお留守番なんだって。1人でお留守番は怖いって言ってたんだよね…。おかーさん、懇談会を別の日にしてもらって○日もうちに来れるようにできない?」
って。

そうかー。
1人で2時間ほどお留守番なのかー…。
2年生だとそりゃまだ怖いかもなぁ。
ってか、うちの娘は怖いって言うもんなぁ。

と、たみえかーさんはぐるぐる考えまして、懇談会の時間とAちゃんのお母さんがお迎えに来れる時間と見直してみたところ、ちょっとだけウルトラCを使えば何とかなるなー、と気づきまして、
じゃあAちゃんがかわいそうだから、と、Aちゃんのお母さんに電話をしたのでした。

「あー、もしもしー。○日のことだけどさー、預かり先が見つからんかったんやよねー?うちの子から聞いたけど。でさ、Aちゃんが1人でお留守番するのが怖いってゆーてるってうちの子から聞いたからさー……」
と、私が話してるところで、娘が慌てて言ったんです。

「ちがうよー。Aちゃんは怖いって言ってないよーー。」


あ?
どゆこと?


とりあえず、Aちゃんのお母さんも、やっぱり1人でお留守番させるのは心配なので、うちで預かる方が良いわけで、そうすることになったのですが、
電話を切ってから、私とおとーちゃんで娘に問いただしました。

すると、
○日はお母さんが帰ってくるまでAちゃんは1人でお留守番だ、ということだけをAちゃんから聞いた娘は、
自分だったらそんなこと無理だ~怖いよ~って思い、
きっとAちゃんも怖いに違いない、と考え、
それはかわいそうだから、なんとかできないかなー?と、おかーちゃんに相談しよう、と思い立ち、
「Aちゃんが1人でお留守番するのが怖いって言ってたから、なんとかしてあげて。」という言い方になった、

と、いうことだったみたいでした。

娘の友達を想う優しい気持ちは大切にしなければならないものですが、事実と推測をごちゃまぜにしては「正しく人に伝える」ということができませんよね。
ですからもちろん、そこからおとーちゃんがお風呂の中でじ~っくりと娘に言い聞かせておりましたが、
実はこーゆーことって、大人でもありがちだよなー、と思いました。
事実から推測したことも含めて、さも事実のように伝えてしまうことって。
だから噂というものは尾ひれが付きまくるわけです。

当然ですがね、そこらへんを強く意識してたとしても、全くもって正しく事実を伝えるなんてできないと思うんですよ。
だってどーーーしたって主観が入るんですから。
それでもね、できる限り「事実」と「推測したこと」を区別して伝えるように強く意識しなければいけないと思うんです。
だから、小2であってもそこらへんは我が家では大問題として取り上げるわけです。
(そういう価値観がね、旦那さんと一緒だと子育てに一貫性があるので、ありがたいですわ~♪)



正しく観ること
正しく反応すること
正しく行動すること
正しく伝えること


それらが「近似値」でしかないにしても、どれくらいできているかを、折に触れ時々は自問することって、すごく大事なんじゃないかなー、と思います。






あー。
そうそう。
娘がですね、昨日の夕方らから少し様子が「ん?」って感じになり、夜になって39度超えの熱をすぱーんと出しましてね、
今日もまだ38度台でしてね、いわゆる子供がよくかかる「夏風邪」みたいなんですわ…。
3日~4日ほどお熱が下がらないってやつですね。
(でもちっともグッタリとはしてなくて、39度あってもテレビで歌ってる嵐を見てノリノリになってたから、夜間診療に行かなくても大丈夫だなと判断しましたわ~。)

てなわけで、○日にAちゃんを預かるってのは絶対に無理だって状況になっちゃいました~。
「ごめんねー。」と今朝Aちゃんのお母さんにメールを入れたところ、先週の半ばまでAちゃんの弟くんもお熱があって大変だったそうで、こーゆー夏風邪が密かに流行ってるのかもなー、と思いました。

あ~、息子にうつらないといいんだけどなぁぁぁぁぁぁぁ~。








かーちゃん、遊んで遊んでー♪

『おかーちゃんが洗濯物を畳もうとすると、何故いつもキミは邪魔しに来るのかね?』


※追記※
当記事をアップしてから、この記事
http://celestie.blog23.fc2.com/blog-entry-1948.html
を読みまして、
概念の混同ってのもあるのか~……ってか、なにかしらありそじゃね?自分も…と、思いましたよ。ええ。
概念が混同してたら、そりゃカオスですわなー。
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