言語外のところで培ったものを、言語化できるかどうか。
2012 / 11 / 11 ( Sun )
朝からツイッター経由で面白いブログ記事を読みました。
これです。

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2012/11/10/013625



ふつーにどーでもいい会話をするだけなら、理論なんて要らないし、その人の表情や空気で何が言いたいのかもなんとなる分かるけれど、
「仕事」となると、そんなわけにはいかないですね。
具体的に教えてもらうだけじゃなく、先輩の仕事の仕方を見ながら、自分の中で「仕事のやり方」を言語外のところで構築していく……ものなんだと思いますが、
じゃあ、それを「論理的に言語化できるかどうか」で、確かに下の人間をうまく育てられるかどうか、というのは大きく左右されるよな、と思います。


そして、仕事だけじゃないんですよね。

ネットを通じての濃いやりとりをよくやってるのですが、「自分の中の暗黙知をどれだけ論理的に言語化できるか」というのがすごく重要だよなー、と思います。

すみません。
ちょっと上から目線な物言いになります。
自分が十全にそれができてるとは決して思ってはいないのですが、一時的に棚上げします。

一見すると自分の言いたいことをそれなりに文章にしてるように見える人でも、意見のやりとりをしてみると、その部分がすごく弱いなぁ~と感じる場合が残念ながらあります。
その場合の「やりとり」は私からすると暖簾に腕押しみたいな感覚になって、正直ガッカリしてしまいます。



自分の中の「言語外のところ」で豊かに多くのことを培うための知性と感性はとても重要だけれど、
それを上手にアウトプットするための知識と教養も同じくらい重要だ、ということだと思います。
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