ナチュラルにそう思えるほどにはなっていないけれど。
2012 / 10 / 30 ( Tue )
まずこれを読んでみてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/siriun/diary/201210250000/

「なるほど。」と思いました?
それとも「ええー?うそーん。」って感じになりましたか?


で、その次にこれを読んでみてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/siriun/diary/201210290000/

これはちょっとむずかしい話になっちゃうんだけど、自分が体験する世界も、自分のまわりに存在する人たちも、じつはすべて自分の意識がつくっている。
自分が意識をしない限り、それらは存在しない。

「じつは存在はしているんだけど、あくまでも自分にとっては存在しないに等しい」というのではなく、ほんとうに存在をしない。



という部分が、やはりミソだよな、と思うのです。
ふつーの感覚で言えば、自分の意識しないところにも世界は存在し、且つそれはとても広大なもの…だと思うのです。
それが間違っているわけじゃない。

でも、それを否定するんじゃなくて、そこを超えてのコレなんだろうなー、と思ったのです。




非常に限られた、顕在意識の「私」が認識している範囲においての「世界」を大切にすることと、
そこを超えた認識を持つことは、相反することではないんだよ、と、ミの字だか誰かが教えてくれてるような、そんな気がしました。

このところね、ちょっとね、そのあたりでもにょもにょしてたものでね。
てへ。



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