私の場合はヘタレなので闘いたくないだけなんですが。
2016 / 12 / 05 ( Mon )


最近のブ子さんの定位置となっております。




今日はメモ書きですが……って、いつもそうなんですけどね。
今日のは特にまとまってませんし、異論を挟む余地ありありなんですが、こういう切り口もあっていいんじゃない?という感じで読んでもらえると有り難いです。


*+*+*+*+*


ご本人がリンク禁止と言っていらっしゃるので、残念ながらリンクは貼りませんけど、
ある人のブログをちょいちょい読んでおります。

で、その人が言うには、女の承認欲求は醜いのだそうです。
最初はピンと来なかったのですが、「承認欲求は男の専売特許」「愛が女の独壇場」という言葉を読んで少し分かったような気がしました。

有性生殖について興味のある人は詳しく調べてもらうとしまして、ざっくり言うと、多くの動物は有性生殖をしてます。
で、接合を行う生殖細胞を配偶子と呼びまして、その中でも配偶子の大きさが異なるものは異形配偶子と呼びます。
異形配偶子には大きい配偶子と小さい配偶子ありまして、大きい方を雌性配偶子、小さい方を雄性配偶子と呼びます。
一般に雌性配偶子は運動性を持たず、雄性配偶子は運動性を備えております。
多くの動物に見られる卵と精子はその代表例と言えます。


つまりですね、
男性は配偶子の頃から過酷な競争をしないといけなくて、
女性は配偶子の頃から受け入れるのみ、
……なんですよね。


実際、自分が今まで出会ってきた女性たちの中にも、仕事はできるし親切にしてくれる……けれど、時々なーーーんだかなぁ~……という気分にさせられる人が数人いました。
先にその女性たちと仕事をしていた友人たちからは「親切な人だよ。」と紹介されることが多かったです。
だけど、第一印象から微妙な違和感を感じるのも事実でした。
そして、付き合いが長くなるにつれて、「あー……、この人苦手やなぁぁー。」という意識を強くさせられていきました。

学生時代に優秀で、大手の会社に入って、結婚もして子供も産んで……恵まれてる女性たちだと思います。
しかし男性のようには評価されない、という感覚が強い人たちだと私は感じていました。
承認欲求が強い女性たちだったのです。

ありがたいことに、私の周囲には「優秀な上に、承認欲求があまり高くない女性」が多くいました。
ですから、逆に承認欲求が強い女性が珍しいくらいで、印象に強く残っているのだと思います。
彼女たちに対して共通して感じていた印象は「欲求不満なのかなー?」だったのですが、満たされない欲求とは「強い承認欲求」だったんだな、と今になって納得できました。

私を認めて!

という、無意識から滲み出てくる強い圧力を、会話の端々で感じて、苦手に感じていたのでしょう。
やっぱりねーー、正直言うとね、醜かったです……。
「なんで?」って思うことがちょいちょいありました…。


なんだろなーーーーーー……。


「他人に高く評価されたい」というのは、誰にでも多少なりともあるものだと思うんですよ。
そのために頑張ったっていいと思うんですよ。
でも、親が世間体を気にしすぎて子供の心をちゃんと見ていない、ということになったら楽しい家庭ではなくなりますよね?
それが示すとおり、「他人に認められたい」という欲求は、ほどほどでないとマズいことになりやすいんだと思います。


男性の場合は、それは暴力になりやすいんでしょう。
だからいつまでたっても戦争は無くならないわけです。
でも、男性は己の「承認欲求から生まれる暴力性」を他のことに転化させる技も磨いてきたのだと思います。
でっかい建造物作ったり、いろんな競技を作ったり。
…ってことは、(今の)人類の文明文化を築きあげてきたのは、男性の承認欲求が原動力だったと言っても、あながち間違っていないかもしれませんね。


では女性は…?と考えてみると、
どうも、「私は被害者だ」という意識でもってして相手を攻撃するような……そんなパターンに陥りやすい気がするんです。
確かに歴史的に見てもずーーーっと女性の社会的権利が抑圧されてたところが多いので、男性ばかりが得をする社会だ、とかなんとかって言いやすいと思うんです。

また、そういう社会的な視点以外の、身近な人間関係でも「あの人は恵まれている。私は損をしている。」とか「私のことを分かってくれない。」とか、そういう被害者意識を持つことで、承認欲求が満たされないことに対しての文句を垂れ流す……という傾向が強いような気がするのです。
そして、女性は(コミュニティで子育てをするというホモサピエンスの在り方により育まれた)「共感することで安心する」という構造を持っていますから、その文句に対して共感する仲間がいれば、その文句は「正義」となっていきます。

おそらく、女性の承認欲求が醜い、というのは、小学生の頃から「女子の集団って怖い…。」と感じるソレと同じ根っこなんじゃないかなー?と思うのです。
その集団だけの正義で他をジャッジするんですから、怖いですよ…醜いですよ…。



愛こそが女の独壇場だと仮定するなら、承認欲求が強過ぎると結果的に相手と闘ってしまうことになるんですから、女性の場合は特に本質から大きく外れていくことなると思います。
「あの人は非常識だからダメ。あの人は許さない。」と闘う女性よりも、「あの人のことは好きじゃないけど、まぁいいんじゃなーい?」とゆるーく愛を示せる女性の方が本人も周囲も楽だと思うんですけどね……。


なんでもほどほどがいいと思います。
あ、愛だけはたっぷりと♡
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