えらいことフラットな状態で考えていた
2016 / 05 / 24 ( Tue )

深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちら側を覗き込んでいるのだ。
お猫を覗き込むとき、お猫もまたこちら側を覗き込んでいるのだ。




昨日ですね、このブログ記事がTwitterで回ってきまして。

「京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか
http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

リツイートで回ってきたのがこれだったので


『べつにいいんじゃないのかしら。(勉強は好きだったので)京大に行ける頭があること自体はすごく羨ましいけど、その後の人生はその人次第だしなぁ。地頭がいい人の社会貢献って、難しい仕事して税金払うことだけじゃないってのはいろんな人見てて思うしなぁ。』
ってなツイートをして自分の中では終わったんですけど、
夜になって友人とこの話題になりまして、チャット状態でやりとりしてたら、友人の言葉に「おお。」となりまして。

というのもですね、友人とのやりとり中にこの方の他の記事をチラチラっと見てみたら、この方は解離性同一性障害っぽかったり、ギフテッドっぽくての双極性障害らしい…と分かったんです。
特にこの記事
「ギフテッド」と「双極性障害」
http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/01/17/150807
の以下の部分が印象的でした。

精神を安定させることで、自分の能力を封じ込めている、その実感はある。双極性障害の人なら誰にでもあるはずだ。気分がプラスマイナスゼロのときこそ、世界も自分も、もっとも輝いて見え、能力がもっとも発揮できるにも関わらず、それよりも少し鈍い感覚であるように薬を飲み続けているのだから。

わたしが知りたいのはその事実ではない。

そして、自分が「ギフテッド」か否か、ということでもない。

躁や鬱に針が振れるリスクを犯してでも薬に抑制されない日々を送る

or

生まれ持った感受性を犠牲にしてでも、穏やかな生活を送る

――どちらがいい人生なのか?

ということだ。



お薬で精神を安定させることで失うものがあるということで、このような問いとなってるわけで、
これを読んで、

生まれつきIQがとても高いというのは、もしかしたら脳にものすごく負荷がかかってて、非常に不安定な状態になりやすいのかもしれないなぁ……。
頭が良すぎても、生きていくのが大変なんだろうなぁ……。


と、えらいことフラットな気持ちで思ったのです。
そして、友人の「負け惜しみではなく、頭のいい人も大変だと思うよ。」という趣旨の言葉を見て、「おお。」となったのでした。
(当ブログの読者さんならご存知でしょうが、私にはこういうのがありますので)IQが高いことに対しての羨ましいわぁぁぁ的な気持ちが消えたというわけではないのですが、
でもちょっと今までと違う自分に気づいたのです。
ええ、ほんとにえらいことフラットなのです。
自分でもちょいとビックリするくらい負け惜しみ的な感情が全くなかったのです。

昨日の日記を書いた翌日にコレですからね。
「あー、自分は等身大のこのままでOKなんやと思えたから、フラットに考えられるんやろうなぁ~…。」
と、ちょっとばかり感慨深くなりました。



人生に過不足なんてヒトカケラも無いのかもしれないですね。
ほんとうは。
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