【mixiより転記】昨日の日記のコメント返しを書く前に。
2008 / 12 / 05 ( Fri )
【mixiより転記 12月4日】

昨日の日記にいろんな反応があり、少々驚いちゃいました。
コメントのみならず、ご自身の日記に書いてくれたり、メッセージをくれたり、携帯メールをくれたり……と、ありがたいことであります。
本当にありがとうございます。

コメントのお返事を書く前に、こちらに書かせてもらいます。



聖さんもアカデメイアのトピで書かれてましたけど、それぞれの人が昨日の私の日記をそれぞれの内面の【どこか】に反射させている、というのが面白いなぁ、ととてもとても興味深くコメント等を読ませてもらいました。


正直に言いますと、私が「お」と思ったことを、私の昨日の日記を通じて、みんながみんな【そのまんま正確に】読み取り感じ取ってくれているとは思えません。

でもね、それでいいんだと思うんです。
もちろん、私の表現力が拙いということも一因ですが、そもそも【そのまんま正確に】感じ取ってもらおうというのが思い上がりってなもんなんですよね。
言葉を使うということは、そーゆーことなんですから。

たとえば、昨日の日記でキーワードになっている「物語」や「神話」って単語にしても、受け取る人によってさまざまな意味になります。
そうなると「私の神話」という言葉の意味することが何であるのか、見当さえつかない人だっていると思います。

けれど、ある文章について、分かる分からない、伝わる伝わらないということの重要性というものは、実はそんなに大きなウェイトを占めてはいなくて、


その文章(物語)を読んで、自分の中の何がどのように反応したか


ってところが大きなポイントになるんだなぁ、とあらためて教えられました。


そういう意味では、昨日の私の日記は、「でかした。よくやった。はなまるをあげよう。」っていう文章(物語)だったわけです。
なぜなら、みんながみんな同じような【内面の場所】に反射させていたのではなく、それぞれがそれぞれ特有の場所に反射させていたからです。

そうなんです。
昨日の日記も、「物語」なのです。
そして、それぞれがその「物語」に触れて、それぞれの「物語」を語り始めた、という現象だったわけです。


アカデメイアやクリロズで重ねられるであろう経験は、共有することもできるけれど、それぞれが語る物語は「たったひとつの神話」でしか有り得ない、というのは、昨日のコメント等ですでに証明済みなわけです。


あーーー。
ほんとにコメント等、ありがとうございました。
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