キレイな花を咲かせましょう。
2015 / 08 / 14 ( Fri )
お前の本気はそんなもんか

こんなもん……じゃない……んです…よね?





さて。
いつもなら、もう少し取れるんですけどね。
なのに今年の夏休みは1人になる時間がちっとも取れなかったんですわ~。
今日になってようやく数時間まとめて1人の時間を獲得しましたので、天使の絵を描いておりました。
いえ、民絵屋はいつも夏休みは開店休業なんですが、お店をオープンするというお客様のためにできるだけ早くお届けしたかったので、そろそろ描きたいなー描きたいなーー、と思っていたのでした。
今日は新月だそうなので、ちょうど良かったんじゃないかな、と思います。
おとーちゃんが子供たちをドライブに連れていってくれたおかげです。

集中するのでもちろん疲れるんですけど、すごくスッキリしました。
天使の絵を描く時にはエネルギーが(私的には)大きく動くような気がするので、疲れるけれどスッキリするような感じがするんじゃないかなー?なんて思ったりしてます。



おれは暑くて外遊びの時間が少ないから、スッキリせんぞー。






さてさて。
またしても、タイムリーな内容の記事を読ませてもらいました。
http://celestie.blog23.fc2.com/blog-entry-2146.html

で、自分のことを美しく思うというと、とんだ勘違いとか思い上がりと思われやすい風潮もあると思うんですが、そうではなくて、

自分の美しさは、この世界が、人類(祖先はもとより、無線有線いずれもの通信手段を使って互いに遺伝子の情報を共有し高め合うことに協力している、この世に一度でも生きたことのある人類全員)が、自分に恵んでくれたものなのだと、まるで「借り物」のように与えられるものだという考え方があってもいいですよね。
(仮にその美しさが過去生なども通してその人が体現した生き様、それにより獲得した美徳ゆえだったとしても、『そもそもそういう体験をすることができた場を提供してくれた、この世や関わった人々』あってこそ。他の誰も何もないところで体現しうるものではないはずです)

その感謝の1つのカタチとして、精一杯、磨けるだけ磨いた状態の自分の顔を、体を、態度や言動を、そしてそれらを通じて滲み出る心の有り様を、霊的エネルギーの洗練さを、魂の輝きを、せめてお世話になったこの世や人々にはお見せできるようでありたい、ベストを尽くしてお出ししたい……という信条。



と、書かれてありますが、
なるほどなぁぁぁぁぁー、と唸りました。
これは「美」について書かれてますが、もっと拡大して「自分そのもの」についてもこういう考え方をすればいいのか、と膝をぽんぽん叩きました。


そしてそれは私だけのことじゃなくて、誰もがそうなんだろうな、と思うんです。
さまざまな種類の関係性により織り上げられた「私」という存在は、自分で認識している以上のポテンシャルを有しているのが当然なんでしょうね。
素晴らしい「借り物」を与えられているんですよね。
それを認めた上で、そのポテンシャルをできる限り顕現させる努力をする……ことは、感謝の気持ちを現すためなのだ、と考えたならば、そこに傲慢さの入り込む隙間は無いですもんね。
キレイな花の咲く種をいろいろ持たせてもらっているけれど、種のままで終わらせるか、種を植えて肥料や水をあげて育てて花を咲かせるか……なんだと思えばいいのでしょうね。
キレイな花を咲かせることができたら、それはこの世界への恩返しにもなる、と。


てことは、

傲慢になりたくない、って思うことが既にめっちゃ傲慢なんじゃね?

と、思った次第であります。
やだもぉ恥ずかしいったら。






しっかり責任を果たしましょう。
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