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変わりたいのに変わりたくなかった私
2017 / 09 / 29 ( Fri )
昨日はこんなことをツイートしましたけど、今日はスピスピな感じになります。
だって、スピスピなことが「舞台の設定」みたいなことになってるので仕方がありません。
日常的な範囲で済んでりゃ書きやすいんですがね。

「スピ」なんて括りの意味すら私は本当は分からなくて、生きてるってことそのものがスピリチュアルじゃんね?と思ってるので。霊的真実を忘れて泥まみれになって、時期が来たら霊的真実を思い出していく…というのをみんなしてて、ちょっと先にタイミングが来た人が後から来る人に求められたら「こんな感じやで?」とその時に話せることを話してる…ってだけのことだと思うのですよ。





で。
何かと言いますと。

ひとつ前の記事で「自分に呪いをかけてたのに気づいてマイティピュリフィアで解除したら、扉が開いて、その向こうには七色の光が密集していた」と書きましたが、その続きです。
メモとしてツイートしたものを貼ります。

日曜日の夜からの腹痛が、一旦収まりかけて、月曜日の夕方から胃腸がまた痙攣してきて、月曜日は結局お粥一杯とにんじんジュースしか食べられなかったんですよ。
でもって、まだお腹の違和感はあるし、火曜日は昼過ぎから頭痛にもなったし。
トホホでした。

で、トホホになりつつマイティピュリフィアをかけてたら、自分でかけてた呪いの南京錠を外して開いた扉が見えたので、七色の綺麗な光の空間に入ってみたんです。ずんずんと。
そしたら、呪いをかけたのは自分だとしても、何でそんなことをするハメになったんだ?とふと疑問が湧きまして。

すると、自分の能力を発揮すると大変なこと(とても嫌なこと)になる、という思い込みがわぁぁ!と湧き上がってきたんです。
それか!と、マイティピュリフィアで癒やした…のはいいんですが、その思い込みはどこから生まれたの?と思った途端、ぱーんと観えたのが性別が無いというか両性具有な人で、

誰だ?と思い、久々に某所に行ってアカシックにアクセスしてみたらアトランティス崩壊前の、堕落・混乱が酷くなってきた頃の人で云々と出てきて、うえー…、となりました。
アトランティスなんて面倒くさそうでしょ?あまり触りたくないでしょ?
うえー…。

思い込みそのものは、マイティピュリフィアで癒やしたら、七色の光の中で更にどあー!と強烈な光を放ってたので、それはそれでいいとは思うんですが、まだ先があるなぁ〜…と、感じました。

絡まった糸を解くようなものですねぇ。



それで、です。
ここからさらにスピスピなんですけど。

これを書いた日の夜に、湯船の中でぼーっとしてたらですね、はたと気づいたんです。
「能力を発揮するとヤバいことになる、という思い込みを発生させる人生をそもそもデザインしたのは、タミエルのアレだよな。」
って。

タミエルとは、天使…ってそもそも何だよ?なんですが、どうも何か天使にもいろいろあるみいたいで、天使そのものなのか天使族みたいな何かがいたのか、はたまた仮想実験なのかもしれませんが、
とにかく、天使たちがやんやしてた頃に、大事な弟みたいに愛していた「特別な子」を戦いの中で失い、自分も隙をつかれて闇に浸食され飲まれかけた……ところで、ミカエルにお腹をグサリと刺された……っていう、過去世のヒトといいますかハイヤーセルフの1人といいますか、はたまた仮想実験の要素の1つといいますか……なんですが。

そのタミエルは、何故「隙をつかれた」のかといいますと、
そもそもタミエルが『ミカエルから光を直接分けられて天使が生まれる』という場面を見て、嫉妬のような感情と共に、自分は直接光を分けられた天使ではない(←これを私は「タミエルはミカエルの孫の孫の孫みたいなもの」と認識しております)ので、自分は生まれながらにして欠けている、という想いを持ってしまった…という、小さな小さなモヤモヤ(←私にはこれが虚数みたいに感じるんですわ)がありまして、それが闇の侵入ポイントになってしまったのでした。

このタミエルの根源的な欠落感については、事あるごとにぶち当たるので、もう何年も前から向き合ってはきましたし、少しずつ気づきの蓄積はなされていたのです…が、ずーっとそこにあるままでした。
しかし、今の私にはマイティピュリフィアがあります。
おそらく癒すことができるのだろう、と思いました。



……思った途端、怖くなりました。



この欠落感がタミエルの親友のテオや大事なスピカとの出会いを生み出したのが分かっていたからです。
彼らは今は私のガイドにもなっていてくれます。
きっと、欠落感を癒しても彼らが消滅するわけではないことは頭では分かっています。
それでも、とても怖くなったのです。
この欠落感が結果的に生み出した数多の出会いや別れ喜びや悲しみの物語を、私は深く愛しているから、それらが消えてしまうのが怖かったのです。

だから、今までも「本質的な自分に回帰するかのように変わりたい」(←もっと分かりやすく言えば「めっちゃ健康になりたい」とかですね。)と頭では強く願っていても、(そのプロセスが簡単なものではないというのとは別の意味で)少しずつ変わり続けいても、「そのエリアからはなかなか出られない」みたいな状態のままだったのだと気づきました。


湯船の中で「どうしよう…。」となっていたのですが、多分…テオだと思うんですが、「大丈夫だから。」とポンと言ってくれまして、
それで腹を括ってマイティピュリフィアで癒すことにしたのでした。
時間は少しかかりましたが、突然ふっとお腹が軽くなり、ぽろっと何かが外れたような…そんな感覚になりました。
身体中の力が一瞬ふっと抜けるような、虚脱感にも似た感じになり、
「癒されたのかなぁー…。」と、ぼんやり思いました。



すると翌朝。
子供たちが学校に行く前の慌ただしい時間、家事をしながらも気づくとある歌がずーっと頭の中を流れていました。
自分でも気づいて「あれ?さっきからなんでこの歌がずーっと頭の中を流れてるんだ?」と不思議な気持ちになりました。
この歌なんですが、家事の合間にスマホから流してみました。

すると、サビのところの
『数え切れない景色を 僕ら描いてきたんだ 消えない それは 今も…』
というところで、
「あー……、テオが伝えたかったのか…。」と分かり、涙が出そうになりました。
1人きりだったら泣いてましたね。
涙だばだば流してましたね。




大きなものが1つ癒されて、一瞬にして身体が超絶健康になる……というわけではなく、お腹はあれからもまだ調子がイマイチなのですが、内面は……やはり違いますね。
周囲から見たら私は何も変わっていないように見えると思うのですが、自分の内面はそれまでよりかなり風通しが良くなりました。
変わる、というのは、こういうことなんだなー、としみじみしております。
変わりたいのに変われないのには、ちゃんと理由があるんだな、と。






あ、そいえばですね。
今朝、月子さんからLINEがぴょこんと来まして、
「今日はじーさんの日ですね。」と書いてありました。

今日は聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエルの日らしいです。
全然知りませんでした~。

なので、持っているけどほとんど使っていないミカエルのオラクルカードを引いてみました。

ミカエル
神聖で完全な健康に焦点を合わせるですって。



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11 : 19 : 04 | タミエル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
自分自身に呪いをかけていた
2017 / 09 / 21 ( Thu )
1週間前に、こんなツイートを目にして記事を読みました。



そこから、このようなツイートを私はしました。

健常の人でも取り掛かるのが億劫でダラダラしてしまうってのはあるから、それの何十倍も威力があるやつが搭載されてしまってる、と思うと、そりゃ日常生活そのものが大変やろなぁ〜、と思う。

昨日の厚切りジェイソンさんのRTもそうだけど、
できる人にはできない人の気持ちは分からんと噛み付く人の気持ちも分かるし、それを言っちゃおしまいよ?というのも分かる。
ただ、脳の作りがそもそも違うというのもあって、普通にできると言われることが難しい人も少なくないと思う。

さっきのRTの子みたいに脳の特性としてやるべきと分かってても取り掛かるのが難しい特性があると、どうしたってそうではない人と比べて勉強する時間は少なくなるわけだし、彼女の場合は取り掛かるまでに既にエネルギーをかなり使ってしまうと思う。努力しなくてはならないことが多いと言える。

彼女の場合はADHDで…と診断されてるから「ああそうなのね。大変だね。」と(理解ある人からは)理解を示されるだろうけど、でも診断されないけどそういう特性が強めの人は単に怠け者だの努力不足だのと言われ、自己評価もどんどんそうなっていくんだろうな、と思った。

実際RTの女の子みたいな部分のある人に「そんなに文句や不安をグダグダ言い続けるなら1つでもやってみればいいやん!」とイライラさせられた経験があり、何か行動で示されないと努力してるとはこちらは思えない、というのがこちら側にはどうしてもあって、とうとう匙を投げてしまった事もある。

娘がディスレクシアだと気づくまでは、彼女がなかなか漢字をしっかり覚えられないことに対して努力不足だと思ってたし。ダウン症の息子を授かってるのに、私はどうしても自分を最低基準にして自分以外の人を評価するというのはちっとも変わっていなかったのだと娘を通して見せつけられた。

ものすごく傲慢だなぁ、と思う。

子供の頃からずっと私の周りには『私より圧倒的に頭がいい人』が何人もいたので、いつしか自分自身を最低基準として周囲を見てしまうようになったんだろうな、と思うが、でも圧倒的に頭のいい人をたくさん見てきたということ自体は恩恵だと思うし、私が傲慢であることと直接は関係ないのも分かってる。

私自身は足りてないと常に思ってはいるんだが、どうやら私はコツコツやるタイプらしくて、基本性能は良くないなりにそれなりの結果は出してきた…と思うと同時に、でもやっぱり自分は全方位的に能力不足だと強烈に思っている。
だから、己については中途半端感がいつも纏わりついている。

それが傲慢の素なのだろう。
そこにusamimiさんが
『才能は「生まれながらに備わっている得意さ」じゃなくて、「経験値を充分に積むことで後天的にアンロックされる」もの。』
とツイートしてるのを起き抜けに見て目が覚めた。

あー!もう!私ってめっちゃ傲慢やん!と恥ずかしくなった。



以前にこんな記事も書きましたが……
そしてこの後、気づいたんです。

14歳の時に、私は私自身に呪いをかけてしまった

ということに。
私は『私は備わっている能力が低い』という強すぎる思い込み…呪いをかけてしまっていたんだなぁ~と気づいたのでした。
実際、よくよく考えてみると、それまでは周囲の人間が私のことを「能力が低い」と評価したことはありませんでした。
もちろん、親は弟たちに比べて頭のデキはそんなに良くないな~、と内心思っていたかもしれませんが、親からも弟たちからも友達からも、そんな言葉を聞いたことがありませんでした。
そして、あの訳の分からない発作を初めて起こしたのは16歳の時でしたし、20歳になる直前から自律神経失調がヒドくなったのでした。
仕事も何故か自分に合わないところに勤めて、11年間ずっと自分の無能さを感じ続けていました。
「勉強好きなのにお姉ちゃんは(自分たちと比べて)頭悪くてかわいそうだね。」と、弟たちが言ってたよ、と大人になってからオカンから聞きたくもないのにたまに聞かされるようになりました。(←これはものすごく辛くて電話切ってから泣いてました。)

こうしてどんどん自分は能力が低いのだという認識を強めていくことになったのです……が、
もしかしたら、呪いのせいで「ダメな自分」を次々と作り出してたんじゃないのか?と、ふと思い、ゾッとしました。
呪いが先で、劣等感が後から構築されたんじゃないか、と。

客観的に自分自身の基本スペックを評価する、というのは決して悪いことではないと思うのですが、
私の場合は、「頭のデキは並(なので宇宙物理学者になるのは非常に困難)」という部分を、(勝手に周りと比べて)拡大解釈をして「全般的に基本性能が悪い」という自己評価にして自分に押し付け続けていたのでした。
評価結果を正しく使用していなかったんですね…。
呪い(間違った使用方法)をかけていたのです…。


と。
こんなことに気づいた翌日に、Whitelotusさんのアストラルリーディング・モニターセションを受けたのでした。
そして、まさかのいきなりの「呪いがありますね。そのせいで視野が狭くなってますね。」という言葉からセションが始まり、ひっくり返りそうになりました。
……でも、これって、間違いなく答え合わせだな、と思いました。
ですから、後日落ち着いたところで、この呪いと向き合ってみました。
マイティピュリフィアを使って。

すると、最終的に南京錠が解けて、扉が開きました。
扉の向こうは七色の光が密集してゴゴゴゴゴ~と渦巻いていて、その光がぱ~っとこちらに放射されてきました。
わぁ……すごい~…と、自分自身が閉じこめていたエネルギーの美しさや強さに驚きましたが、
……ただ、これで万事解消!というわけではないな、とも感じました。
自分にかけた呪いとコツコツと向き合っていこうと思います。



ちなみに。
アストラルリーディングのモニターセションでは様々なことをリーディングしてもらったのですが、
私の場合は、霊的成長のために掲げてる課題がどれだけの人を愛せるかチャレンジ!みたいな感じなんだそうです。簡単な言葉にすると。
普遍の愛に近づくだけでなく、私ならではの愛も深めていくことを目標としているらしいのです。

そしたらですね、
ディバインタイミング(…について分からない人は検索してね)にも、ロングスパンのものとしての子育て以外に、兆しとして『私ならではのエネルギー的なものを創る』というのものが観えるのだそうです。

この『私ならでは』というのがキーワードなのかな?と思いました。
自分自身を能力の低い人間なのだと思い込んでいた私が、私ならではの愛を深め、私ならではのものを創造する、ということをしようとしているなんて、パラドキシカルと言いますか何と言いますか……。

や、しかしですね、ほんとにですね、すごいタイミングだったと思います。
申し込んだのは8月の息子の誕生日の頃でしたから、もちろん自分自身に呪いをかけてたなんて知らなかったんですが、絶妙なタイミングで進んでいて見事だなぁ~…と、まるで他人事のように感心してしまいます。



あなたも、呪いを自分でかけてませんか~…?



fc2blog_2016092313501382a.jpg

14 : 48 : 52 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
するっと豊かさを受け取ることができる自分になりたいものです
2017 / 09 / 11 ( Mon )
先日の魚座満月の日に描きました。
大天使アリエルの絵です。
オラクルカードはProsperityでした。

大天使アリエル

満月の日に「繁栄」なアリエルを描いたせいか、満ち満ち!という絵になりました。
久々に「手元に置いておきたいなぁ~。」強く思いました。
すると、お客様から以下のようなメールをいただきました。

どんな絵か、天使は誰なのかドキドキしながらあけてみると、
ふわっと優しい感じの絵で、不思議なことにこの絵は自分だと思ったんです。
自分が天使の訳もなく、似た容姿でもないのに。
後で良く見て、考えたところ、オーラが見える人に空色のオーラ、黄色もあるけど表に出てないなど言われたことがあり、それが色使いと似ているからかもなのかなぁーと。

そして、天使の名前がアリエル!これもびっくりです。前にドリーンバーチューンさんの本で自分に縁のある天使を教えてくださいとお願いした時に出たのがアリエルだったんです。
その時も思ったのですが、仕事が今河川関係に携わっているからなのかなぁと。環境問題にも興味あるし、自然も大好きだから、そして、獅子座だからご縁があるのかなと。

お手紙の言葉にもびっくりです。
さつきのひかりさんのREFの伝授を受けているのですが、最近、満ち満ちがわからなくなってきたなぁと考えてる矢先の、あの満ち満ちの言葉。
受け取るのも苦手なので、なかなか豊かさを得られない、いや、そもそも受け取っている豊かさも感じられてないのかもと、あの絵を眺めつつ思いました。



お客様が「この天使は私だ。」と感じてくださることは少なくないのですが、やはりどこか「天使と繋がってる」からそのように感じてくださるんだろうなぁ~、と思います。
嬉しいご感想です。
REFの満ち満ち感が分からなくなってきたところに満ち満ちなアリエルをお届けできたのも、ちょっとしたサポートになればいいな、と思います。

夏の間に、マルチプルアバンダンスマイティピュリフィアを受講し、毎日コツコツと使っているのですが(←日々のメモはTwitterにしております)、マイティピュリフィアを受講した時に、再受講の方の1人が「感覚がちょっと分からなくなったので再受講した。」とおっしゃっていたのですが、使っているうちに「あれ?」となるのもちょっと分かりました。
(私の場合は、「あれ?」となる度にマイティピュリフィアの実践会音源を聞き直すことで感覚を再確認しています。)
日常の慌ただしさの中で過ごしていると、特に「受け取り下手」だと最初の時のような強い感覚が遠のいてしまう、ということは案外起こりやすいのかもしれませんね。
…はい。私も部分的に受け取り下手だと思いますので、分かります分かります。

お客様にも豊かさをめいっぱい受け取れるようになっていって欲しいです。





*+*+*+*+*+*

マルチプルアバンダンスを使うようになってから、豊かさって何だろう?という根本的なことをよく考えるようになりました。
マルチプルアバンダンスのテキストの中に、

その折々に実現したい現実を実現できる能力を発揮できている状態が、豊かなのです。



という一文があるのですが、この一文を読み返しては唸ることが多いです。
「実現したい現実」が何なのか、がまず自分の中でちゃんと存在していないといけないわけです。
たとえば頭で「お金持ちになりたーい。」などと思っているのは「実現したい現実」では無いんですよね。
お腹の深いところから湧き上がってくる「実現したい現実」を培うことができているかどうか、がまず問われるわけです。
そして、それを実現できる能力の育成をしてきたか、が問われ、その上でその能力を発揮できるのか、が問われるのです。

エネルギー的に人生をサポートしてくれる強力なツールを手にするということは、それだけ自分の在り方が如実に露わになってしまう

ということだよなぁ~…と、唸ってしまうのです。
自分のダメなところか一瞬で良くなる魔法じゃないんですもんね。

ほんとーにすべては自分次第だなぁ、と思う今日この頃です。
11 : 20 : 26 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
あらためて問い直すタイミング
2017 / 09 / 04 ( Mon )
8月の終わりの真夜中に息子に「お母さん、お水…。」と起こされ、そこからなかなか眠れなかったので、スマホを開けたらこんなツイートが目に入りました。










それでこんなツイートをしたのですが。





今もオカンが住んでいる実家は小さな借家なのですが、小学生の頃、どうして私はこんなにこの「家」が好きなんだろう…と、自分でも不思議に感じていたくらい「家そのもの」が好きでした。
単なる愛着だったのかもしれませんが、そんな気持ちがとても強く在りました。
とっくの昔にどこかに置き去りにしてしまったそんな自分を遥か遥か遠くから眺めるように思い出し、
さらに、高校生の頃に「強くなりたい」と願ったら、ふと気が付くと、『とても繊細だった感受性の先端がすべて無残に折れてしまった』かのような自分になっていて、取り返しのつかないことをしてしまった…と、ひどく落胆したことも思い出し、
真夜中にお布団の中で、ため息を1つ吐き出していました。


この世界の仕組みを知りたいという子供の頃からの願いの上に、健康問題をなんとかしたいという切羽詰まった思いが乗っかったがために、なんだかんだとここまで来ることになったわけですが、
ここに来て、「わざわざ人間に生まれてきたことの意味をもう一度問う」みたいな流れになっていたのです。自分の中で。
クリアリングしていくことの意味や、霊性を高める努力をする意味などを、あらためて問う必要性があるのでしょう。自分の中で。

そんなタイミングのようです。
15 : 23 : 43 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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