「書く」ことは最強ツール
2017 / 01 / 29 ( Sun )
有り難いことに何枚も描かせてもらっているお客様からのご依頼でした。
大天使ガブリエルです。
オラクルカードはCreative Writingでした。

大天使ガブリエル

以下にお客様からのメールを紹介します。

最初に箱の中から絵が出てきたとき、以前描いていただいた女神の絵と、雰囲気が似ていると思いました。
また、これまで描いていただいた天使たちは、性別はないと思いますが、私の中では男性的に感じられていて。

今回は、女性かな、と思えました。
女神さまから続く流れなのかな、と思います。

さて、一番は、この、輝く明るい背景に眼がいきましたが、すぐに、二重螺旋に気付き、驚きました。
羽ペンは、なんだろう。
DNA!?
つながり?
先祖からの流れ?

実はこの夏に、自分が望まなくても、先祖や、親子の絆、家族の絆について、深く深く考えさせられる大きな事件がありました。

家庭では大好きな家族の死も重なりました。
死にゆく人の足をさすりながら、自分だけでなく、周りの人たちの、数限りない御先祖さまのことを考えていました。
今、自分がここにいるのは、ここにいる家族を含めた御先祖さまのおかげ。
そのうちの一人でもかけたら、今ここには存在しない。

ぼろぼろに傷つきながらも、今、再生できているのは、支えてくれた人達のお陰だなぁと感じます。

そして、今、自分がここにある不思議。
愛する人ができたけれど、その人にも、先祖があり、家族があり。
成育の過程でうまれたゆがみがお互いにあり。
以前から、人間関係の中で、深く支えてくれる人が現れると、その好意を確かめて壊れるのをみたい、という願望が現れるのを感じていました。
その支えてくれる人に、会話ではうまく伝えられなかった言葉にならない思いを整理して手紙にする、ということを、最近は繰り返していました。
思った以上に相手のこころの闇も深くて、相手を癒すまでは及ばなかったかもしれませんが。

若い頃、小説を書くことで、自分の恐れや孤独が浄化され、癒されたこと、思い出しました。

民絵さんのブログや今回いただいたメッセージを読み、自分は成育歴だけが原因と思っていたけれど、もしかして、それよりもっと古い傷なのでは、と思いました。

そして、私は、セラピーとかよりも、自分が文章題を書いて、その傷を見つめるのが、向いているかも知れない、と思いました。



ちなみに「女神さま」というのはコチラの絵です。

背景にあるのはDNA……だよなぁ~、と描いていて思いました。
しかしそれは、肉体のDNAでもあり、魂のDNA(みたいなもの)でもあるのだろうと感じました。
お客様が「書く」ことによって、それらに刷り込まれ続けてきた(善くも悪くも)「業」のようなものが少しずつ 解かれていくのではないかとお伝えしました。

すると、もう既にお客様は「書く」ことを始めていらっしゃったので、それを続けなさいということだったんだなぁ~…と、唸りました。メールを読んで。


セラピーを受けることも有意義なことだと思います。
ヒーラーさんの手を借りるべきタイミングもあるかと思います。
しかし、自分を探求する旅において、「書く」ということは最強ツールの1つだと私は思っています。
ですから、お客様の旅はこれから更に深いものとなり、多くの喜びに至るのではないか、と思いました。
スポンサーサイト
17 : 29 : 23 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自分を再発見してみる
2017 / 01 / 27 ( Fri )


月曜日は娘の小学校がお休みだったので、2人でお茶してきました。



さて。
今週は更年期障害の頭痛でイナホの朝市に行けず、うまうま椎茸をゲットできずに非常に残念だったのですが、
今日は午後にちょいとイナホに行ってきまして、先客のお客さんたちと店長さんとおしゃべりしてきました。

というか、私がもにょもにょしてたことを聞いてもらいました。
というかというか、厳密に言うと、「もにょもにょしてたことの原因が分かって、分かったからこそうぇぇぇぇーってなってた」ので、うぇぇぇぇーってなってる~ってことを聞いてもらったのでした。

そんな会話をしていて、その流れの中で、
「あー、でも私はうぇぇぇぇーって(猫が毛を吐き出すみたいに)吐き出したものを、つつきながら観察して分析して、それからそれをブログに書くんだよねぇ。」
と、言ったんです。私。
すると、みんながそういうことはなかなかできるもんじゃないよ的なことを言ってくれました。
まず、うぇぇぇぇーって吐き出したものを観察しようとする物好きはそうそう居ない、と。
その上でそれを文章でもって成形するというのは、努力が必要だ、と。


褒めてくれたんだと思います。
ありがたいことです。

でも、ちょっと不思議だったんです。
自分は当たり前のようにずーーーっとしてきたことが当たり前のことじゃない、と言われて。
もちろん、文章を書くのが苦手な人もいるし、観察や分析や内観が苦手な人もいるので、誰でも当たり前にできることではない…に違いないのは頭では分かっているんですけど、「お腹が空いたからご飯食べるかー。」くらい当たり前のことだったので、人に言われて改めて「これも自分の特徴」なんだなー、と思えました。




多分ね、誰でもそういう部分ってあるんだろうなー、と思います。
自分では当たり前になってて、自分では評価しようともしていない自分の特徴が。

今年はそういう自分を再発見する年にしてみるといいかもしれないですね。
そのためには、家族や友達とお互いの特徴について話せるのが一番早いような気がします。
たくさん再発見できるといいですよね~♪
17 : 59 : 49 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
真冬生まれの私。
2017 / 01 / 23 ( Mon )
今日は雪の非常に少ないここ東三河でもアラレみたいなのがお昼頃にパラパラと降ってきました。
小学校が代休の娘と一緒に慌てて洗濯物を取り込みましたよ~。

しかし寒いですねぇぇぇぇ。
真冬生まれのせいか、夏より冬の方が好きなのですが、それでもやはり寒すぎるとスーパーへ買い物に出かけるだけでも自分を奮い立たせないといけませんからねぇぇぇぇ。

というわけで。
先日の誕生日に、またまた今年もプレゼントが届きました♪


黒い傘の中はこんな宇宙が広がっています♪
(宇宙の前を通りすがりの「ダークマター」が……)
丁度、おとーちゃんが自分用の黒い傘を無くしたところだったので、閉じていたこの傘を見た娘が
「お父さんにあげたらいいのに。黒い傘なんだし。」と言ってきたので、「開いてごらん。」と返すと、
ぱかんと傘を開いた娘が、「あー…。これはお母さんのだね。お父さんのじゃないね。」と納得してくれました。
ふふふ♪



大分県にあるはぴまるというお菓子屋さんのお菓子です。
めっちゃかわいいし、美味しいんですよ~♪
これをプレゼントしてもらったら、箱を開けた時にみんな「わぁ♡」って声が出ちゃうと思うな~。



身体にいいもの詰め合わせです♪
ザクロが更年期障害に良いというのは知っていたのですが、ザクロの種が食べられるなんて知りませんでした。
今の私にめっちゃピッタリです♪♪
ひゃっはー♡


羽
もう、見てお分かりかと思いますが、お花ちゃんの作品です。
作品の説明はコチラにありますので、ぜひ読んでみてください。

私はあまり石に詳しくないので、タンビュライトも知らなかったんですが、さきほど調べてみました。
すると、なんだか凄そうなんですよ!
Google先生が最初に出してくれたサイトには「自律神経の癒し」とも書いてありましたし、他のサイトもいろいろ見てみると、オーラやエネルギーの強い浄化作用があって、波動が高くなるサポートをしてくれるっぽいですね。

そんな強そうな石だからなのか、届いた日から毎日身につけています。
普段着がダラダラなので、こーゆーキレイなものは身につけないですし、お花ちゃんの作品はアートだと思っているので、遠出する時にしか身につけず、日常はチラチラと眺めているんです。私。
身につけてて失くしたらイヤすぎるし~~~。

しかし、これはどうしても毎日少しの時間でも身につけた方がいい…と何故か思いまして、その直観に従っています。
いろいろサポートしてくれてるのかもしれんですね♪



何歳になっても誕生日を祝ってもらえるのは嬉しいものですね♪
そして今年は六芒星の示すところを外さないように、粛々とやるべきことをやっていきたいと思います。


17 : 14 : 38 | いただきもの | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
子供の障害を受容するということ
2017 / 01 / 21 ( Sat )
NPO法人パルクさんから原稿依頼をもらいまして、昨年書いたものです。
子供の障害を親が受容するというテーマでしたので、実体験を書きました。
利用者さんのご家族等に配布する年4回発行のお便りに載せてもらいました。
掲載がコンプリートしましたので、このブログにもアップしておこうと思います。


ちいさいちいさい私の子供たち



【その1】

息子がまだマメタロウと私に呼ばれていた頃、それもまだとてもとても小さい頃、私は夢を見ました。
マメタロウは夢の中で、たった12週なのに生まれてきてしまったのです。
生まれてきてしまったマメタロウを、私は慌てて水をはった洗面器の中に入れました。
水の中からこちらをじーーっと見ているマメタロウの目は、それはそれは綺麗な青色をしていました。
さすがに12週で生まれてしまったのはマズいと思い、私は股の間から子宮へとマメタロウをするんと押し込みましたが、すぐにお腹の中でボコボコ動き出したマメタロウは再びつるりと出てきてしまいました。
二度目に出てきたマメタロウはもう青い目ではなく、つやつやの黒い目をしていました。
「お腹に戻ろうよ。マメちゃん。12週で生まれちゃうと、何か障害が出ちゃうかもしれんで…。」と、私はマメタロウに言いましたが、マメタロウは
「目が見えんでも、耳が聞こえんでも、そんなのはたいしたことやあらへん。俺が生まれたいんや。」と、言いました。
「でも、やっぱり…。」と、私がまごついているうちに目が醒めました。

息子は一カ月検診の時に聴力検査でひっかかりました。その上で、「もしかしたらダウン症かもしれないので染色体検査をしませんか?」と小児科の先生に言われたのでした。
その瞬間、私は高校生物で学んだダウン症についての知識を猛烈な勢いで自分の記憶の中から引っ張りだしていました。
『何番だったかの染色体が1本多いんだよね。1000人に1人くらいの確率だったはずだよね。独特の顔つきになるんだよね。いろんな合併症があるんだよね。そして知的障害があるんだよね…。』
今振り返ってみると、自分の中で大きな雑音がガーガー鳴っているような感覚の中で、その記憶を反芻することで自分を見失わないようにしていたように思います。
しかし、先生の話が終り、聴力検査のための大学病院への紹介状を書いてもらっている間に、だんだん涙が溢れ出てきてしまいました。
驚きと、申し訳ないという気持ちがいっぱいになって、涙が止まらなくなりました。
家に帰っても、ずーっと涙が止まりませんでした。
「目が見えんでも、耳が聞こえんでも、そんなことたいしたことあらへん、って言ってた子やもんなぁ…。」と、思いつつも、やはり涙が止まりませんでした。
人間は、過不足なしで生まれてくるものだと、私は思っています。
もし、なんらかの障害があるのなら、それは必要だから持って生まれてきたものだと思っていましたし、息子がたとえダウン症だったとしても、息子に対する私たちの愛情が変わるわけでもないし、彼がかわいそうな子になるわけでもないのです。
でも、私は泣けて仕方がありませんでした。
すごく不安だったのです。


【その2】

しかし、泣きながらも、私は何を不安がっているんだろう?と、ふと思ったのでした。
そしてそれは、息子がダウン症じゃないことを願っているからこそ、不安が生まれるのだとすぐに気づきました。
では、私は息子がダウン症じゃなければいい、健康な普通の子であってくれ、と何故願っているんだろう?と、考えました。
ダウン症やその他の障害を持っている人を差別しているつもりはありません。
けれど、自分の子供は普通の健常児であって欲しいと願う気持ちは、一体何なのでしょう?
親だから?
母親だったら当然なのでしょうか??
「普通」に産んでやれなかったとしたらとても申し訳ない、と思う気持ちが自分の中でこんなに強いものだと知り、戸惑いにも似た気持ちにさえなりました。
「頭で知っていること」と「当事者の感情」があまりにも乖離していたのでした。
けれども、実家の母親と電話をして会話しているうちに気がつきました。
「ああ、これって、『親の欲』なんだなぁ。」と。
親の『愛』ではなく、親の『欲』だなぁ、と。
だから『涙が止まらないような感情』が生み出されているのか、と分かりました。

そんな不安の中、染色体検査の結果が出たので、小児科の先生の説明を聞きに行きました。
縞々模様の小さな21番染色体が3本ありました。
その写真を見た瞬間、私は自分の心臓がドクンと音をたてるのを聴きました。自分の心臓の音をあんな大きな音で聴いたのはこの時が初めてでした。
もちろんショックでした。ぼろぼろ泣きました。
それでも、あの夢のことも、知り合いの霊感の非常に強い方に「この子にはかなわんよ。だって、修行したお坊さんが隣にいるようなもんだからね。この子は余計なことを悩まずに、やるべきことをして生きていけるよ。」と言われたことも、私の中の半分では『息子はダウン症なのだろう』という予感となっていたので、それがまるで緩衝材のようになってくれました。
そしてなにより、息子に大きな合併症が無く、毎日元気におっぱいを飲んでくれることが、母親の私に安心感を与えてくれていました。たとえそれが一時的なものだとしても、我が子が元気であることが一番の癒しとなってくれていたのです。受容のプロセスの最初の段階で、すでに私は息子に助けられていたのでした。
しかし、それでも私も主人もこの「親の欲」に2年間ほど試練を与えられることになっていきました。



【その3】

母親というものは、今子供に食べさせてやらないと…というのが常に命題としてあるため、場合によっては強いのかもしれません。
私の場合も日常の育児のおかげで、ぽろぽろと涙が零れてしまうことよりも、落ち着いた気持ちでいる時間の方が少しずつ少しずつ増えていきました。
つまり、私は目の前の命題優先で先々のことに思いめぐらせることがあまりできなかったのですが、父親というものは違うようです。
元々の役割として、父親は『子供が自立して生きていけるようになるために、今すべきことは何か』を考えることが多いような気がします。
だからなのでしょう。主人はネットでいろいろ調べていくうちに、どんどんダメージが深くなっていったようでした。
息子がかわいくて仕方がない主人は、息子の将来のことを考えると、たまらなく不安になるようでした。
しかし、主人はその大きな不安と真正面から向き合い、その結果として自分の人生を大きく転換させたのでした。
当時、あるダウン症の子を持つ親のサークルのサイトに医師による講演の記事が載っているのをたまたま見つけました。子供が何らかの障害を持っていると分かった時、親の心は以下のプロセスで回復していくと書いてありました。
1)ショックを受ける。
2)事実を否認する、認めない。
3)悲しみとか、怒りとか、不安が錯綜する。
4)事実を受け入れる事が出来る。
5)再起、新たな価値を見つけて取り組む、前進する、立直る。

これらは、配偶者を亡くした時の心のプロセスと同じなのだそうです。喪のプロセスです。
障害児の親というのは、「自分が思い描いていた健常な子供のイメージ、自分にとって大切なものを失う。」「健常な子を産めるはずだった自分というものを失う。」と、二重の喪失を味わい、心に深い傷を負うのだそうです。このような喪失による心の傷が回復するのに、個人差はもちろんありますが、およそ2年かかるのだそうです。もし、このプロセスのどこかで無意識に感情を押さえ込んだりすると、いつかどこかで破綻するのだそうです。心が。
私の場合は2)を理性がねじ伏せてしまったために、その歪みが『あれだけ幸せだった妊婦生活に嫌悪感を感じて振り返ることができない』という形で後からじわじわと出てきました。
その点、主人はこのプロセスをより深く経験し、5)において、まるで惑星探査機が惑星の重力を利用して軌道を変更し加速する「スイングバイ」みたいなことをしたんだなぁ、と振り返る度に私はそう感心します。
ですから、今このプロセスの中にいる方には、非常に辛いでしょうけれども、逃げずに立ち止まらずに深く深く体験し、新しい自分自身に出会っていただきたいと願うのです。


【その4】

回復のプロセスを経て、息子が2歳になる頃には私も息子の障害をほぼほぼ受け入れることができていたように思います。この経験があったおかげで、小3で娘がディスレクシア(読字障害)であることが判明した時も、心の中は大嵐ではありましたが、同時に客観的な眼差しを自分自身に向けつつ、不安や悲しみや怒りが発生する根源を己の中に探し出し、それを比較的短時間で受容していくこともできました。
しかし、です。
しかし、息子の障害については完全には受け入れていなかったのだ、と最近になって気付くことになりました。
だんだんと成長していき、体もどんどん大きくなっていく息子は、同年代のダウン症の子たちの中でも大きい方だと思います。ガッチリした体で肩幅も広いです。小さな頃から笑顔がチャーミングで、自分よりも小さな子にとても優しいです。コツコツと勉強もします。
「この子の染色体が46本だったら、きっと背も高くて肩幅もあって優しくて賢くて、いい男になっただろうなぁ~。」と、最近になって私が冗談半分で主人に言うようになったのです。
ええ。冗談半分。半分は本気です。
バカなことを言ってるなー、と主人は笑っていますが、私は半分本気なのです。
「自分が思い描いていた健常な子供のイメージ、自分にとって大切なもの」を失ってしまったことを、私は完全には受け入れていなくて、ちびりちびりとこうして漏れ出てくるようになったのです。この件のみならず、人生に「たら・れば」を適用してもそこに前向きな創造性は生まれません。ちょっと切なくなるのが関の山です。それが分かっていても冗談半分で言ってしまう自分がいて、ハッと気がついたのでした。完全には受け入れていなかったのだな、と。
けれども、よくよく考えてみれば、私は自分自身の人生ですら完全には受け入れていないのですから、息子の障害だけを完全に受け入れることができているわけがないのです。私はとても往生際が悪いのだということを忘れていました。
ですから、きっと私はまだまだ息子の障害を完全には受け入れることができないのだろうと思いますし、それでもいいと思うのです。一生かかって成していくことなのだろう、と開き直りました。
子供の障害を受容するということは、一般的なプロセスを経ることが多いとは言え、非常に個人的なものであり、同じケースというものは有り得ないと思います。それは実は人生そのものであり、生き方そのものであり、それこそ「個人の神話」だと私は確信しているからです。一生かけて織りなす神話の登場人物に我が子たちがいてくれて良かったと最期に心から感謝できれば、それで十分なのではないか、と思えたのです。そしてそうありたいと願いつつ、今日も今日とて子供たちを可愛がりまくる親バカなお母ちゃんとして生きております。


23 : 02 : 22 | ダウン症 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
民絵屋誕生日の今日、自分のダメ母っぷりを書いてみる。
2017 / 01 / 19 ( Thu )
民絵屋8才

民絵屋を開店したのが8年前の今日でした。
お仕事を続けていられるのもみなさんのおかげです。
ありがとうございます♪

これからもどうぞよろしくお願いします♪♪









さてさて。

こんなツイートを目にして、思わずリツイートしたのですが。











はぁぁぁぁぁぁ~…と、ため息が出ました。




実は先日、うわわわわわわ!と叫びたくなることがありました。
どれだけ優しそうに見えるお母さんでも、怒ると怖いし、よく怒ってるものだ……というのは、自分が子供の時に怒られる立場として、今は怒るお母さんという立場で実感していることではあるのですが、
それでも、ちょっと異常な怒り方をする自分というのに薄々気づいていました。
それは、「普段の怒り方」ではなくて、何か特殊なスイッチが入るかのように怒る「異常な怒り方」なのです。
暴力をふるうことはありませんし、怒鳴り散らすわけでもありません。
でも、「コントロールできなくて高圧的にいつまでも怒り続ける」という普段の私ではなくなる怒り方をするで、娘はとてもしんどいと思います。

ええ。
毎回、後から「しまった。」と思うのです。
でも、娘にそのように怒ることが時々あるのです。

先日もそのように怒ってしまいました。
そして、後から娘に「怒りすぎて悪かった。娘ちゃんの話もちゃんと聞かなくて怒ってごめん。」と謝りました。


……謝ったのですが、同時にさすがにこれはアカンやろ、と、初めて真剣に思いました。
それまでも「反省」はするのですが、「これはマズいやつや。アカンやつや。」と初めて気づけたのです。
なので娘には
「今はお母さんを許してはアカンよ。許さんでいいから。娘ちゃんが『いいよ。』と言ってくれるとお母さんはまた同じことを繰り返すに違いないから。」とも言いました。
娘も真剣な顔をして頷いてくれました。


そこから「どうしてそうなるのか」をじっくり探してみました。
今まで自分が「異常な怒り方」をする時はどんな状況だったのかを、できる限り思い出してみました。
すると、娘が小学生になってからが多くて、それも最近増えてきたのが分かりました。
そしてハッと気がついたのです。
これこれこうする…という自分の中の予定を、娘が突然ねじまげるような行動をしたり、友達と約束してきたりすると、怒りのスイッチが入ってしまうケースが圧倒的に多かったのです。
しかし、子供が親の予定していることを無効にしてしまう…なんてことは日常のことです。
なのに『怒りのスイッチ』が入ってしまう場合があるのです。

それは、娘の言動に対して
身体がしんどいことが多い中で、なんとかやるべき家事等をこなしていくために体調を見ながら自分なりに予定を組んでいるのに、それを知りもしないでいきなり予定を変更するようなことを言い出す・やらかす、と私が無意識に解釈してしまう時にスイッチが入ることに気がついたのです。

ですから、後から「なんであんなに怒ったんやろ?あんなに怒るような案件じゃないのに。」と冷静になって反省するのです。
娘の言動に大きな問題は無いからです。



20歳で体調を崩してから、体調の不安定さを抱えながら大学に通い、会社にも勤めていました。
特に会社では、いつ寝込むことになるか分からないので、予定を前倒しにして仕事をするように心がけていました。
みんなにかける迷惑を最低限のものにしなければないならい、と、ある意味では強迫観念みたいなものになっていました。
その癖がまだ残っているのか、端から見たらゆるゆるな主婦でしょうが、自分では「自分の体調の不安定さを常に考慮しつつ予定を組んで行動している」という意識があるのです。

そしてそれは、いつも心の中に重苦しい「不安」を生み出しています。
「自分が動かないといけない時に、しんどくなったらどうしよう。」という不安が意識と無意識の狭間にいつもいつも横たわっています。

ですから、子供を迎えに行かなければならないのに体調が思わしくない……と、我慢できる限界の気持ち悪さや頭痛を抱えてながら運転することも時にはありまして、そんな時はそんな自分の身体がほとほとイヤになります。
ついでに言うと、運転が得意ではなく夜道は特に苦手なのに、暗くなってから娘をソロバン塾に迎えに行かなければならない時も、目が良くなくて反射神経も良くない自分の身体がイヤになります。

昨年一年間のアレコレで、身体が楽な日がかなり増えてきて、精神的にも相当楽になってきたのですが、私はまだ『自分の身体を信頼する』というところまで至っていなかったのです。
信頼するどころか、怒っていたんです。

つまり、娘に対しての異常な怒り方をしてしまうというのは、自分の身体に対しての怒りを娘にぶつけていたからだったのです。


イヤだ~…イヤだ~~……とは、ずーーーーーっと思っていましたけど、自分が自分の身体に対して怒っていたというのは、全く認識していませんでした。
病気というものは人に「人生の方向転換を促すもの」という捉え方は、ほぼ同意できます。
そういうものだと思います。
そして、自分の人生においての「体調の不安定さ」への解釈もある程度は前向きにしてきました。

しかしその過程で、私は「怒りをまともに感じることができなかった」のだと思います。
怒ることをヨシとしないからなのか、怒りを潜在化することで楽になろうとしていたのか、そこらへんはまだよく分からないのですが、
とにもかくにも「ちゃんと感じることができないままの怒り」は溜まり続けて、娘にぶつけることになってしまったことには違いありません。
娘がお膳立てしてくれるから「やっと怒れる!」という感じだったのかもしれません。
本当に娘に申し訳ないです。




ですから、『加害者は被害者に依存しているからだ。』という言葉、そして、『一番現実的なのは、自分で自分を救う作業に没頭することなのだと思う。』という言葉は刺さったのでした。

あれらのツイートをリツイートして、こんなことをツイートしました。


このツイートの裏にはこんなことがあったのでした。
「娘に対して時々異常な怒り方をする自分だけど、弱い人間だもの。そんな自分も赦さないとね。」という意味ではないことはお分かりいただけると思います。






ちなみに。
「自分の身体を信頼する」というのは、「絶対に健康で丈夫で元気になると思い込む」こととは違うんだ、とようやく分かったような気がします。

14 : 59 : 50 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
六芒星は語りかける
2017 / 01 / 16 ( Mon )


私、ネイタルチャートに六芒星があります。
…と、言ってもですね、メジャーな惑星で組まれたものではなくて、マイナーな小惑星1つとアングル1つを入れ込むと六芒星になる、というものです。

それでも、やっぱり六芒星は六芒星なので、六芒星の示すことをやり遂げろという圧力が非常に高いのだろうと思います。

とは言え。
そんなものが自分のネイタルチャートにあったのもずーっと気づきませんでしたし、
そもそも「箱入り太陽」なので、六芒星の示すところを完遂しようとすらしていなかったことになります。

あ、そうなんです。
六芒星の一角が太陽なんです……。





てなことを知った2016年。





年が明けまして、2017年のお正月。





ちょっと早いけど……と、月子さんが誕生日プレゼントを送ってくれました。
今年の誕生日の太陽回帰図を読んだものでした。
占星術は天動説の世界なので、太陽は1年かけて天を一周していると捉えます。
その太陽が、生まれたときとと同じ位置までもどってくる瞬間のことをソーラーリターンと言うのだそうです。
そして、この瞬間のホロスコープを「太陽回帰図」と呼び、その年の流れを全体の配置で読み解くのだそうです。


今年はなんだろうな~…?と、メールに添付されてた画像を見て驚きました。


六芒星が出来上がっていたのです。
それも、ネイタルチャートと同じ太陽を一角とした、地と水のグランドトラインの組み合わせなのです。


そして、当然ですが太陽は同じ度数なのですが、他の惑星やアングルを見てみると、ネイタルチャートの六芒星よりソーラーリターンチャートの六芒星の方が度数が1つほど若いのです。




……なんとなくですけどね、

人生の六芒星(使命)にさっぱり気づかず、今までのほほーんとしてたので、今年1年で人生の六芒星に取り組むための地ならしをしろよ、と言われてるような気がしたのです…。



では、その「地ならし」とは何か…というのを、月子さんがサビアンシンボルを用いて読み解いてくれたものから知ろうとしましたが、
………うげぇ、って思いました。正直。


ざっくり書くと、
「自分の魂のグループのために奉仕しろ」
ってことです。
それも、
「自分の霊的知識を整理整頓して示せ」
ということらしいのです…。


えーー?
霊的指導者とかじゃない私が何でそんなことせんとアカンのー?
世の中にはもっと素晴らしい人たちがたくさんおるやーん。


と、反射的に思いました。
……思いましたが、
ちゃんと読まれてました。それも。

六芒星の他にもグランドクロスが組上がっているんです…。
その十字架が、「他の誰かがやってくれるんじゃないのー?私じゃなくてー。」と思うだろうけど、そうは行かないんだよ、と釘を差しているのです……。





太陽回帰図の月子さんの解読を読んでから、ツイッターの方でぼつぼつとつぶやいておりました。
私は薄情なんだ、ということを。

基本的に薄情なんです。
相手に深くコミットするには、それ相応の愛が自分の中に無いと出来ないのです。
そこそこ仲良しなら何度か「それは違うと思うよ。」と言うんですけど、それでもちっとも分からないんだなー、と思うと、ある瞬間にすっと心理的距離を取るのです。
もうそこからは何も言いません。ただの他愛もない会話しかしません。

でもね、
「それは違うと思うよ。」と言う時や、民絵屋のお客様からの悩み等を吐露されたメールに返信する時には、それこそ『自分の霊的知識を整理整頓して示す』ということをしているんです。
その瞬間だけはグッとコミットしているんです。
出し惜しみはしてません。
(ただし、お客様のメールの往復は2回程度で終わるようにしています。それ以上は「搾取」となり得るので。)

それで、こんなことをツイートしたんです。


そうなんです。
「無駄になったとしても、別にいいや。」と、思えるから書けるんです。

……なので。
太陽回帰図の六芒星が履行しろと圧力かけまくってることについても、「覚者でもない私がいつもストライクを投げられるわけじゃないんだから、無駄になったらなったで別にいいや。」と思っていればOKなのかも、と思ったのです。

先生しか教えちゃダメってわけじゃないですもんね。
まだまだ発展途上でも「1年先輩」が「1年後輩」に教える、ってこともアリですもんね。
私も中学の部活では1つ上の先輩にちょいちょいとアドバイスしてもらってましたから、そんな感じなんでしょうね。



さらに言うと。

「私はサイキッカーじゃないから誰の言葉が真実なのかが分からない。」と、オロオロするばかりだった経験があります。
見えない世界のことは、そもそも科学のように「万人に了承を得た方法で確認する」ということができません。
ですから、それを信じるかどうか、というのは、場合によってはそれまで自分が築き上げてきたものが破壊される…というくらいのインパクトを伴います。
五井先生の法話集を読んだ時が正にそれでした。
ちょうどこんなツイートを目にしたのですが、


コレでした。
(悪い意味で)疑うのではなく、鵜呑みにせず警戒心を働かせながら向き合いました。
半年はかかりました。

しかし、友人とのやりとりはそんな時間的余裕が無く、矢継ぎ早に言われたので、オロオロしつつ黙っているしかできませんでした。
黙ることで「了解した」と相手に思わせていただけなのです。
そして、結果的には友人とは別れてしまいました。

どうせ別れることになるなら、「私はどちらが正しいかなんて分からないので、態度は保留する。」とハッキリ言えば良かった……と、何年も経った今、そんなふうに後悔できました。
…そうなんです。やっと「私は何を悔やんでいたのか」が分かったのです。

「高いサイキック能力を有していて、どちらが正しいのかを自信を持って判別できれば良かった」と、悔やんでいたのではなかったのです。
高いサイキック能力の有無なんて関係なかったのです。
逆にそれが有ったら、私はジャッジすることになったでしょう。

見えない世界の、その人その人固有の世界を、正しいとか間違っているとかでジャッジすることの恐ろしさを、私は見てきました。
それでも、まだまだ人格的未熟さがある私なので、もしも高いサイキック能力があれば、感知したものを根拠に他人の世界を「正しくない」と断ずることは十分にあり得ると思います。
どうしても、どこか「正しさ」を求めてしまうからです。
誰かから相談を受けても、問題を根本から解消しようとしますし、自分の問題についても同様です。
なので、高いサイキック能力で霊視し根本から解決する方法を見いだせたらいいのに、と思う自分が常にいます。

でもそれではダメなのも分かっています。
だから、薄情さも増していたように思います。




自分の内側から湧きあがるものを、自分のエゴの欲求と区別し、それを信じきることと、
自分を疑うのではなく、俯瞰し様々な可能性に対して警戒心を働かせることは、両立すると思います。

私は、自分を疑って自分の直観等を信じきれずにいました。
大間違い。
そんなんじゃあ、魂のしたいこと、六芒星の示すことを履行できるわけないですよねぇぇぇぇ~。



というわけで。
「やること」は今までとそんなに変わらないと思いますけど、六芒星の示すところを履行できるような自分に整えたいと思います。



だそうですので。

13 : 57 : 14 | | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
「闇の中の光」のその後
2017 / 01 / 09 ( Mon )
昨年の民絵屋クリスマスプレゼントのうちの1枚ですが。

闇の中の光

20161210214839999.jpg

この絵をお届けした「ちよ」さんからメールをいただきました。
転載許可をいただきましたので、ご紹介します。


クリスマスプレゼントの闇の中の光を、ありがとうございました。
遅くなりましたが感想をお送りします。


絵が届き、封を開けて、え!?光が小さくなっている!というのが最初の感想です。(すみませんすみません)


サイトに載せていただいていた写真と違って、ものすごーく光が・・・光が・・・
小さくなっているように感じて、ちょっとだけショックで、冬至の日に届いた絵をまた梱包しなおし、29日の仕事納めの日まで見れませんでしたー。本当にすみません。


たみえさんの絵をいただけたことは、本当にうれしかったんです!!(全力)

3枚の絵がサイトに出たときに、あの光に向かって手を伸ばして飛んでいけばいいんだ、と、ものすごくイメージできました。
光の大きさから高さを判断して、こんくらいだな、いけそうだな、よし!みたいな手応えがあったのです。

そこへもってきて、届いた絵の光が小さく感じたので、距離が、高さが伸びたよ~(T_T)あれ~?みたいな感じで、私まだまだなんだなーと、自分のいるレベルはまだこんなに下なんだなーと落ち込んだのです。


でもそのあと、筋トレの年報で、
********************************************************
2015年からずっと一人で上り続けて来た山を
2017年「のぼり終える」ことになります。
これは「制覇する」「征服する」ようなことなのかもしれません。
細い道を地道に歩き続けるプロセスでは
時に徒労感に襲われ、
ちゃんと進んでいるのかなという不安が湧き、
人と自分を比べて劣等感を感じたりしたことも
もしかしたら、あったかもしれません。
そうした道のりを全て歩き終えるのが、2017年なのです。
********************************************************
とありました。

小さく見えて落ち込んだ光の意味が、「あんなに高いところまで行けるんだ」に大きく変わりました。


この一年、山道をのぼりながら、たみえさんの絵に支え続けられます。確実に。
のぼり終えた後も、このプロセスを忘れない大切な絵になります。
必ず今年、歩き切りたいと思います。

私にとって大きな力を持つ絵です。本当にありがとうございました。




生の絵と画像では、どうしても微妙に色合いが違ってしまいますし、
実際の絵のサイズが小さいものなので、ちよさんが「光が小さい」と感じてしまったのかな~?と思わなくもないのですが、
しかし、そういう物理的なことではないような気もしました。
これもまた共同作業なのだろう、と思います。

大きく感情が動き、それ故に何かを見つけることができる……というプロセスの始まりに私の絵が在ったということに感慨深くなりました。
そして、『私にとって大きな力を持つ絵です。』という言葉に深く感謝しました。全方向に。



ありがたいですねぇぇぇ。
嬉しいですねぇぇぇ。
「いい仕事してるやーん。」って自分の仕事のことを思えるなんて幸せ者です。
21 : 02 : 56 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
雨なので。
2017 / 01 / 08 ( Sun )


お昼頃から降り出した雨のせいか、昼食後から眠くて眠くて、まるでお猫のようなのですが、 
お昼寝をしちゃうと(体調不良で眠るのとは違うので)夜の寝付きが悪くなりそうだなー、と思って、ちまちまと描いておりました。
息子が妖怪ウォッチをずーっと見てる隣で。

こゆのも描きました。


また月子さんに「気持ち悪いー!」と言われそうですな。
(≧∇≦)bいえーい!

15 : 03 : 18 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
黒丸がエリザベス様から平民に戻りました♪
2017 / 01 / 07 ( Sat )


黒丸のカラーが取れました♪
手術の傷口の回復も順調で、おしっこもたっぷり出てます。

これで一安心です~。
12 : 29 : 53 | | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
今頃からですが、インスタ始めました。
2017 / 01 / 06 ( Fri )
去年の暮れにスマホをiPhone5cからhonor8に替えたらですね、
これがまぁぁ~、カメラの性能の良いこと良いこと!

もともと写真を撮るのは好きな方だと思うので、楽しいんですわ~。
一眼で撮るのも楽しいんですが、なんと言っても手軽ですからね。スマホは。
楽しいです♪

なので、年明けからインスタを始めました。
https://www.instagram.com/tamieya/
こんな写真とかアップしてます~。





……お猫様の写真がメインになると思います。
ええ、猫アカウントになりそうな予感バリバリです。

というわけで、良かったら覗いてみてくださいね♪
14 : 40 : 03 | おしらせ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あけましておめでとうございます♪
2017 / 01 / 05 ( Thu )
あけましておめでとうございます♪



みなさんはどんなお正月となりましたか?
我が家はなんと2日にお父ちゃんが発熱するというビックリなお正月でした。
疲れが溜まっていたんでしょうねぇぇぇぇぇ。


さて。

昨年5月のプレゼント企画の時にくまえるのハガキが当たった「ぷりんさん」から、こんなメールをいただきました。

さあ行くぞ

5月にはくまえるの絵をありがとうございました♪

以前、プレゼントを送っていただいた時に
“開運、金運のサポートありとのことなので、変化を感じたら、また連絡させていただきますね”
と申しておりながらご報告が遅くなってすみません。
たみえさんの今日のブログを拝見し、私も振り返ってみました。

この半年、幸せと感じることもたくさんあったのですが、ここ数年の中で最も落ち込むこともありました。
成長の過程の中では色々と己を見つめ直させられるような出来事はつきものなのでしょうね。

そんな辛い気持ちの中でも朝カーテンを開けると出窓の所で迎えてくれる くまえる と書かれている “さあ、行くぞ” という言葉にどれだけ力をもらったか分かりません。
今、明るい気持ちでいられるのも くまえるの絵 やたみえさんが書かれているように“さまざまな人やさまざまな存在の「愛」のおかげ” だと私もしみじみ思います。ありがとうございます。

出来事を通して感じたこと、色々と決めたこともあり、それが開運 (新たな道の始まり?)だったのかなと今思います。

金運に関しては、夏に近所のスーパーで1000円分の商品券が当たりました!
2週間程前に素敵雑貨屋さんでミニお米がくじで当たりました♪
ここ数年、なかなかくじで当たったことがなかったのでヒットです!

当たったこともとっても嬉しいのですが、それ以上に変化したと思うのは、自分のためにお金を気持ち良く使えるようになったことです。
家族のためなどには使えても自分のモノとなると罪悪感がいつもつきまとっていたのです。
読みたい本一つ買うのも買うべきか迷ったり、自分へのご褒美と理由をつけたり。仕事の本なら、ためらいもなくスッと買えるのに。
でも、最近は罪悪感や理由をつけずにをスッキリ買えるようになりました。
自分を大切にしよう、自分の感覚を一番に、と思えるようになったのかもしれません。

これからもくまえるの絵には助けられることと思います。本当にありがとうございました。




嬉しいご報告、ありがとうございました♪
自分のために気持ちよくお金が使える、というのは素晴らしい変化ですよね。


昨年の終わり頃に、この日記にも書きましたが、お客様との共同作業という感覚がとても強くなってきたのです。
自分が描いた絵ではあるんですが、お客様と一緒に生み出したのだ、という感覚がとても強くなってきたのです。

そして、プレゼントの絵もまた、同じなんだなぁ~、と、メールを読みながら思いました。
とても嬉しいことです。






さてさて。
最後に、くまえるから新年のご挨拶があるようですので、ご覧ください。


















今年もよろしくお願いします♪

15 : 14 : 29 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |