『神さまっているの?』
2016 / 03 / 28 ( Mon )
先週のうちに、頼まれていた原稿は書き終えまして、額屋さんに行って新しい額を注文したり事務仕事を片づけたり……と、最低限やるべきことはやりましたけど、
薬の副作用で毎日眠くて眠くて、なかなかブログを更新できずにおりました。
……鼻炎用の抗アレルギー剤と軽い咳止めです。
ええ。なんちゃら症っぽいですよねぇぇぇ…。
先生はハッキリとは言いませんでしたけど、風邪ならもっと早く治りますよねぇぇぇ……。
ううううううううん。
……認めたくないものだな。


というわけで、
今回は娘の「夏休みの作文」を載せることでお茶を濁そうとしております。
3年生の夏休みの宿題で書いた生活作文です。
先日、返却されてきたので、写してみます。
(読みやすいように、ほぼ一文ごとに改行しておきます。)



神さまっているの?


2年生の時に、おふろの中でお父さんがわたしに「神さまっていると思う?」としつもんしてきました。
わたしは、わからないと答えました。
お父さんもわからないと言ったので、このしつもんに答えられる人はあまりいないだろうと思いました。
でも、ほかの人の意見をきいてみたくなったので、原田先生にしつもんしてみました。
「先生、神さまっていますか?」としつもんしたら、原田先生は「いるよ。神さまは人間をあたたかく見守っているよ。」と言いました。
なるほどなぁ、とわたしは思いましたが、後からちがうぎもんが出てきました。
神さまがいるなら、どうしてせんそうがおこるのか、というぎもんです。
なので、原田先生にもういちどしつもんしてみました。
「世の中を動かしているのは神さまじゃなくて人間だからだよ。」と原田先生は話してくれました。
なるほどなぁ、と思いました。魚からさるのような生物にしんかして人間になったと聞いたことがあります。だから、たまたましんかした人間を神さまが見守っているだけなのかなぁ、と思いました。

わたしは、原田先生に神さまがいるかをきいてみたら、もっとほかの人の意見も聞きたくなったので、お母さんにそうだんしました。
すると、お母さんは、占いの先生にきいてみたらと言いました。
ふしぎな力を持っている先生だとわたしも知っていたので、それがいいと思いました。
それで、お父さんとお母さんに占いの先生のところにつれていってもらいました。
わたしは占いの先生に神さまがいるのかどうかをしつもんしました。
すると、占いの先生は「いるよ。」と言いました。
「それならどうしてせんそうがあるんですか?」とつづけてしつもんしました。
占いの先生は「神さま、考えて考えて考えて、ものすごくいっぱい考えて、人間に自ゆうをあたえたんだよ。だからせんそうもおこるんだよ。」と答えてくれました。
ほかにも占いの先生は「でも、せんそうでしんだ人は神さまがたすけてくれるんだよ。」「だれでも思い出せば、神さまのことが分かるんだよ。でも、なかなか思い出せないんだよね。」と教えてくれました。
わたしは、思ってもいなかった答えでびっくりしました。

原田先生と占いの先生の話を聞いて、わたしは本当にいるのかどうか分からないけれど、神さまはいると思いました。
神さまがたくさんたくさん考えて人間に自ゆうをあたえたと、占いの先生が教えてくれたけれど、自ゆうがあるということは悪い心を持つこともできます。
それでせんそうがおこるし、いじめもあるし、ケンカもあります。いやなこともいっぱいおこります。
それなら、自ゆうがなくて神さまの言うとおりにしか動かない生物だったら良かったのかな、と考えてみたけれど、それも幸せじゃないと思いました。
夏休み中にお手つだいをしていて、ほうちょうで指を切ってしまいました。
とてもいたかったけれど、ほうちょうで切る時はかならずねこの手にしないといけないと分かりました。
いやな思いをすると、言われただけよりもっとよく分かるので、神さまは人間に自分でよく分かるように自ゆうをあたえたのかな、と思いました。
でも、たまたましんかした人間を神さまが見守っているという考え方も、神さまが人間を作ったという考え方も、どちらも大切だとお母さんが言いました。
だから、いろいろな人の意見を聞くのは良いことだし、答えは一つじゃないと分かりました。



娘が「学校の先生にも質問してみたい。」と言い出した時に、すぐに「原田先生に質問してみ?」と私は言いました。
ベテランの男性教諭で、さらにこの手の質問にもちゃんと答えてくれる先生だと分かっていたからです。
先生としても人としても信頼できる人だと私は思っているから、原田先生の名前を出したのでした。
そしたらですね、娘が先生に質問するつもりでいたけれど、なかなか先生と休み時間に遭遇できずにいた数日の間に、息子の用事で小学校に行った時に私の方が原田先生とたまたまバッタリ会うことができたので、
「先生ぇぇー。娘がねー、先生に『神さまっているの?』って質問したいって言ってるから、ご面倒かけますがお願いしますねぇぇぇ。」と根回しもしたのでした。
先生は「へぇぇぇ。そんな疑問がもう出てきたんだねぇ。分かりました~。」とニコニコしながら引き受けてくれました。

そして、占いの先生というのは、私たち夫婦が20年近く前から時々お世話になっている豊橋のおちゃめな霊能師の先生のことです。
先生が娘に対してどうやって答えてくれるのかなー?と私も楽しみにしていたのですが、さすがでした。
隣で先生と娘のやりとりをずーっと聞いていて、「ほぉぉぉぉー。」と心の中で何度も唸りましたもん。



もちろん、彼女が一人でこれを書き上げたのではなく、私がつきっきりで「人に読んでもらえる文章の書き方」というのをアドバイスしながらだったのですが、それでもちゃんとね、娘の中に在ったものだけをアウトプットしております。
子供は根源的な問いを大人に投げかけることがありますが、その問いによって、その大人の人生そのものを問われているようにすら感じることがあります。
娘は私には直接この問いを投げかけることはありませんでしたが、誰に質問したらいい?と相談してきてくれた時に信頼できる人たちの名前を出すことができて良かったと思ってますし、
娘がそれぞれの答えを彼女なりに消化して自分のものにできたみたいなのが、ほんとうに良かったなぁ、と思っています。




そうなんですよねぇぇぇぇぇ。
自分の中に在るものを、ちゃんと他人に伝わるように表現する力をつけるのって、ほんっっっと大切!
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17 : 02 : 27 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
こっそりお知らせ
2016 / 03 / 21 ( Mon )
3月21日の今日が春分の日だと、つい最近まで思い込んでいたたみえかーさんです。
息子の小学校卒業式も無事に終え、載せたい絵の画像、書きたいブログ記事、書かないといけない依頼記事(←おとーちゃんの勤め先であるNPO法人から4回の連載ってことで執筆を依頼されてまして、次ので最終回の予定なのです。)と、いろいろあるのですが、なんやかんやでなかなか難しいです。
やー、でも依頼された原稿は今週中に書かないと~~~。ひーー。


さて。
以前、お知らせしました「パーソナル・ゲートの絵」の販売についてですが、
民絵屋のカートには昨日の夜にアップしてもらいました。おとーちゃんに。
ただし、まだ表立ってどーんと売り出してません。
てか、商品説明のページを作ってないんです。
なんやかんやでなかなか難しいもので……。
とういわけで、「常連さんにだけ出す裏メニュー」的な感じになってますが、もしよろしかったらご注文承ります~。
裏メニュー的な間は値段を天使の絵と同じにしております。
サイズは天使の絵より少し小さくて、正方形になる予定です。
額は、まだ額屋さんに相談してないんですが、今の天使の絵とは逆に、細めの額でマット広めにしようかなー、と思ってます。
こんな感じのね。(←以前の天使の絵の額)


というわけで、こっそりお知らせでした♪

13 : 32 : 51 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
もしかして、もしかしたら…
2016 / 03 / 15 ( Tue )


inahoの店長さんに頼まれまして、特別に描かせていただきました。
お友達のお店の開店祝いに贈りたい……とのことだったので、開運・金運サポートのエネルギーを降ろしながら描かせてもらいました。
そのお友達にも気に入ってもらえたようで良かったです~♪

お店が繁盛しますように!



*+*+*+*+*+*+*+*



さてさて。


先日、突然「ハッ!」とした話です。

去年の9月に発生した娘のディスレクシア問題からこっち、なんだかんだでずーーーーっと娘に心配をかけさせられています。
今までこんなことなかったのに、なんだかんだと続いているのです。

いえね、ディスレクシアに関してもね、分かったからこそ親の態度もより善いものに変えられましたし、学校の先生もちゃんと理解してくれてますし、なにより本人が自分の資質を理解できたことが大きくて、苦手だけど頑張ってるんですよ。
そしたらですね、去年の1月から通いだしたソロバンの効果も出てきたんだろうな、と思うんですが、算数のテストの点数が高め安定してきまして、
それにつられるかのように、理科や社会も高め安定してきたのです。
苦手だけど漢字を頑張るぞ、という娘の心意気が他の科目にも反映されてるような気がします。
そして、勉強が楽しいと言い出したのです。
私もどっちかというと学校の勉強は楽しかった方なので、学ぶ楽しさを娘が感じてくれているのがとても嬉しいわけなんですが、
これはディスレクシアだと分かってからの好転だよなー、と感じています。
だから、心配かけられても心配かけられておしまいではないし、おしまいにならないように親としても努力はしてるんですが、
それにしてもねー、なんだかんだと続いているのは、親としては少々キツいのです。
私、心配性だからねぇぇぇぇ。
心配しまくるわけですよ。心の中で。
そりゃしんどいですって。


そしたらですね。
先日、突然ハッ!としたんです。
ほんとに突然。いきなり。前触れもなく。



ディスレクシアだと気づくちょっと前に、娘ちゃんにゆーたよなぁ……。
『親に心配かけたくないって理由で親に相談しないというのはアカンよ。親は心配するのが仕事やでね。』
って……。



それからも時々娘に言ってたんです。私。
親は心配するのが仕事だからね、って。

親は心配するのが仕事だ、と言葉にして言ってるから、そういう現実が創造され続けてるんじゃね?
……と、ハッとしたのでした。

もちろんねー
そういうつもりはありませんでしたよー。
心配したいから言ってるわけじゃなくて、心配かけたくないから親に相談しないなんてのはしなくていいからね、というのを娘に伝えるために、娘により伝わるようにと思って言った言葉なんですから。

でもですね………

特に今年になってからなんですけどね、
所謂スピで地球の次元が上がっただのなんだのっていう話がですね、もしかしたら本当かもしれないな、と、なんとなくなんですけど、根拠は示せないんですけど、そんなふうに思うようになってきたんです。
同じ物理世界に生きてて、同じ世界を共有してるんだけど、それは間違いないんだけど、でも薄いヴェール1枚で世界が隔てられてるような………
同じ世界を共有してるけれど、それぞれ異なる次元を生きてるような、そんな感覚を覚えるようになったんです。
もしかしたら、「私という意識」は今までの次元と平行して、次元がほんの少し上がったところでも生きてるのかもしれないと、思ったりすることが増えたのです。
(それは、「上のヒト」を感知する、という意味ではないです。あくまでこの物理世界での「私という意識」の話です。)

もしもそうだとしたら、
不用意に発した言葉でも、その言葉が現実を創るスピードは以前より速くてもおかしくないわけで、
それが、自分に起こっているんじゃないか?とハッとしたのでした。


いやいや、そんなバカな~……、と否定したりもしてみたんですが、
すると、間髪入れずに長居和尚さんのこの記事が目に入ってきたのでした。
http://blog.goo.ne.jp/osyou16_1965/e/183783e1fc5eaf0cbd6ceee128119526


言霊で自分を縛る、という言葉にドキっとしました。


現状を言葉にしただけ、
分かりやすく伝えるために言っただけ、
感情を言葉に表しただけ……でも、言霊で自分を縛ってしまうことになるわけです。


やはり、今まで以上に発する言葉には慎重になった方がいいのかもしれない、と思いました。

まぁね、私の感覚が全くの的外れであったとしてもですよ、発する言葉に慎重になるのは悪いことではないので、気をつけていこうと思います~。

15 : 25 : 00 | 魂・霊性など | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ソレは霧散してしまいましたが。
2016 / 03 / 11 ( Fri )


庭の草も、一気に春の草になってきています。



あの地震から5年ですね。
いろいろいろいろ思うことはありますが、あえて違うこと書きます。今日は。
と言いますか、メモみたいなものです。今日のは。



このところ、ちょっと今までと違う流れになっておりまして、
まずは、友人が『自分自身の自己評価と、他者の自分への評価に差がありすぎるために起こった話』をしてくれました。
それは、自分自身への評価が辛すぎた場合の話でした。
自分自身への評価が辛すぎるために、他人に褒められても、卑下でもなんでもなく、本心で「そんなわけない。」と否定してしまったり、
自分への評価が辛すぎるために、もっと努力しないといけないと頑張ることが、場合によってはイヤミに受け取られる……という気づきについてでした。

それを聞いて、「なるほど!」だったのです。
その話を聞く直前に、私自身も知り合いのところでヘッドマッサージを受けた時に同じようなことがあったのです。
マッサージをしてくれたセラピストさんが、「お肌のキメが細かくていいですね~♪」と褒めてくれたのでした。
反射的に
「いえいえ、毛穴はぱっかーんだし、シミだらけだし、アカンですよ~。」
と、本心から言いました。
でも、セラピストさんはお世辞じゃなくて、触り心地から私の肌のキメの細かさを感じて、本当に褒めてくれたのでした。

「あれ?このやりとり、前にもあったなー…。」
と、数年前の美容院でのやりとりを思い出しました。
若い美容師さんが洗髪をしてくれたのですが、その時に同じように褒めてくれたのでした。
でも、私は反射的にその言葉を否定してしまいました。
謙遜ではなくて、否定です。

しかしここで、たくさんの人の肌に触ってる人が言うんですから、お世辞も込みだとしても、間違いでも見当違いでもないのかー……、と、気がついたのでした。
私にとって、「綺麗な肌」というのは、横山裕くんのような白くて美しい肌のことを指すので、自分の肌は全然アカンと思っていました。(8TESTライブの時に彼を間近で見たんですけど、ほんっっっとに美しかったの~♪)
加齢に伴って毛穴はぱっこんぱっこん開いてるし、職場のストレスで吹き出物だらけになった時の残骸としてのシミもデカいのが何個もあります。
でも、確かに見た目に比べて触り心地は悪くないのです。私の肌は。


そうかー……。
評価基準があまりに高すぎて、自分への評価が辛口になりすぎてたのかもなー……。
と、思ったばかりだったのです。
なので、この時の正解は、
「ありがとうです~。自分ではアラばっかり気になってしまうんですけどね~。」
だったのかもなー、と考えてたところでした。


目標は高くてもいいのだけど、
評価基準があまりに高過ぎると、自分自身への評価がとても低くなり、他人からの評価とズレてしまう……というのも、やはりバランス的によろしくないのかもなー、と思ったのでした。




そしたらですね。
そこから目にするもの、耳に入るものに次々と「あれ???」となってきたのです。
たくさんありすぎるので具体的なことは割愛しますけど、「あれ???」の連続でした。


するとですよ。
昨日の夜、お風呂上がりの時に、不思議な感覚になったのでした。
不思議な感覚、としか言いようがありません。
ほんとうに体感というか……感覚として、通常の感覚ではない状態になりました。
変性意識状態の一種なのかもしれないですが、なんとも言葉にできない感覚・体感に包まれました。
それと同時に、

自分自身の肉体は完璧なのだ。
この肉体を含む自分自身を【真に】尊敬し愛すれば、【すべて】が正しく機能するんだ。
そしてそれは美しいものなのだ。


という「思考」がばこーーーんと出てきた………と言いますか、
普段の意識状態とは違った意識状態でもって「分かった」のでした。
ええ。
「分かった」のです。
そこに疑いも何もなく、それでしかあり得ないということが「分かる」というアレです。


しかし。
こーゆー「普段と違った感覚で、おそらく高次元の何かを掴んだ」ような体験あるあるなんですが、
その状態が過ぎ去ってしまい、普段の意識状態に戻ってしまうと、霧散するわけです。
「紛れもなくソレだと分かった」という感覚が。

なので、「そうだと分かった自分」を思い返してみても、それはまるで「こういう夢を見たなー。」というのと大差ない状態になってしまうのです。
本当にそうだと分かって、それを体現するにはほど遠く、いつもの自分に戻ってしまうわけです。
も少しキープできるといいなー、とは思うのですが、普段の意識状態じゃないとオカンとしてやってられないというのもありますしねー。

それに、霧散してしまったと言っても、「こんな夢を見たなー。」というのと同じようなうすーーーい感覚でしか残ってないにしても、
それを数秒でも体験して「分かった」だけでも凄いことだと思うので、
ついつい「普段の思考の癖」や「無意識にそうだと思い込んでる状態」でオートマティックに対応している自分自身に対して、
そうじゃないんだよ~、と言い聞かせよう、という気持ちになりました。

この肉体を含む自分自身を【真に】尊敬し愛すれば、【すべて】が正しく機能するんだよ、って。

17 : 59 : 03 | 魂・霊性など | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
Bon Voyage!
2016 / 03 / 10 ( Thu )
大天使ラジエル

日食の前日。
午前中からもう日食モード……のような感覚になってきたので、なんとなく「今日の今、描いてしまわないと!」と思って、描きました。
大天使ラジエルです。
オラクルカードはSpiritual Understandingでした。
魚座の日食前日にSpiritual Understandingですからね…。
なかなか意味深です。


昨日の記事にも書きましたが、
腹をくくって、自分自身と対峙した方がいいタイミングなのかもしれません。
そこを通してしかSpiritual Understandingを手にすることはできないのかもしれません。
識るべきは己のみ、のような気もします。

そして、そこからが新しいスタートなのかもしれません。


魚座の日食ってことで、今まで蓋をしていたような、今まで観ないふりしていたような、そんな「境界線」が破られて、うにょにょにょ~っという感じになりやすくて、そういう流れになるのかなー、なんて思ったりします。
実際、昨日のこの絵

魚座の日食

を見て、月子さんがこんな記事を書いてくれましたしね。
http://tsukinohitorigoto922.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

描いた本人も、
「……ちょっとキツいかも。」
と思いましたもん。
『わぁ…やだなぁ……。』と彼女に初見で思われても納得です。
ブログを読んでくださってる方の中で他にも「な~んかイヤだな~。」と感じた方がいらっしゃるのではないかと思います。
そういう方はチャンスかもしれません。
境界線を超えてうにょにょにょ~っと出てきそうになっているデロデロのものと向き合うチャンスかも。

内省が難しいと感じる方は、
そのうにょにょにょ~っと出てきそうなデロデロなものを(深く考えずに思いつきで)擬人化して、心の中で自分と分離したようなつもりになって、会話をしてみるといいかもしれません。
思いもしなかったことを語りかけてくるかもしれませんよ。
そして、そのデロデロなものが綺麗に変身するまで続けてみるのがオススメです。
そのプロセスは、その旅は、ちょっとしんどいかとは思いますが、しんどいほど見えてくる景色は綺麗な色をしていると思います。

あ、その場合ね、会話を忘れないうちにメモしておいた方がいいですよ~。
手帳でもノートでもブログでもなんでもいいので。
旅の記録はちゃんと取っておきましょう。


Bon Voyage!

14 : 39 : 08 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
魚座の日食
2016 / 03 / 09 ( Wed )
前回の金環日食の時は、観測したらその後すぐにぶっ倒れたので、
今回の部分日食は観測しないぞー、と思っておりましたら、雨でした。
私にとってはラッキーでした。

しかし、本日の魚座の日食のせいなのか、それとも気候のせいなのか、更年期障害のせいなのか、分かりませんけど、
朝から頭がどーーーんと重いので、日食時間帯はどうしようかなー……と思っていましたら、
月子さんがこんな記事をアップしておりました。
http://tsukinohitorigoto922.blog.fc2.com/blog-entry-94.html

なるほど。
確かに「普段見えないものが見える」のですよね。
日食ってのは。

そしたら、イメージがどーんと湧いてきたので、さきほどからずーーーーーーっとぬりぬりぬりぬりしておりました。
色鉛筆で。





魚座の日食

です。
どうでしょうねー?

自分の中の「真っ黒な月」も、よくよく見てみたらいろんな色があるんだよ……みたいな感じですかね。






こんなツイートもありましたが、
隠されてたものが表面化してきて、自分とがっつり向き合わないといけないとか、
それに伴って浄化がどかんとあるとか、
そんな感じになりやすいのかもしれないですねぇぇぇ。

でも棚卸をして、腹くくって覚悟を決めるにはもってこいの日なのかもしれませんね。
一粒万倍日でもありますし。
そしたら、真っ黒だと思っていた月にも色がいっぱいあったことに気づくことができるかもしれませんね。
11 : 30 : 52 | | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
アグレッシブじゃない人生でもいいじゃないの。
2016 / 03 / 07 ( Mon )


ぐだぐだしてたので、初動が遅れて先週半ばから始めました。
確定申告の書類作成。
それがやっと、さきほどできあがりました♪
後はお父ちゃんの書類ができあがるのを待って、一緒に郵送で出すだけです。



いえね。
先週はアカンかったのですよ。
体調が。
一日おきに動けたりダメだったりでした。

気温差もあるしねー。
気温が低くても太陽の光は春のものだし、身体の調子も整いにくいですねぇ。
春先はほんっとに。
昨日今日と温かいですけど、また週末は寒くなるそうですね。
寒い方が好きなのでそれはいいんですけど、でもやっぱり太陽の光と気温がチグハグだとおかしな気分になりますし、
まだまだインフルエンザも要注意ですし。
そして息子の小学校卒業式もどんどん近づいてますし、支援学校入学のアレコレ準備もせにゃならんし、
確定申告の書類が出来上がっても落ち着きませんわー。


あ。
それで。
一日おきに身体が動いた先週。
また頼まれまして、お父ちゃんが勤めてるNPO法人が運営してる喫茶店の「春のスイーツ」を撮影してきました。

2016春

色が春ですねぇぇぇぇ♪


この撮影もですね、
お願いされてた日は体調がどうにもアカンので、翌日にズラしてもらったんです。
「あんたはその日になってみんと体調が分からんもんなー。それが原因で『仕事』にならんもんなー。」
と、お父ちゃんに言われました。
や、写真は趣味も趣味でして、仕事にする気はさらさら無いのですが、そういう意味じゃなくて、何かをがっつりバリバリと仕事としてやっていくにはあまりに体調が不安定すぎるよね、という意味でお父ちゃんが言ったのでした。
民絵屋さんが前向きにガンガンという姿勢で事業拡大しようとしてないのもそれが一番大きな要因ですし。

実際、身体がとっても軽く感じる日はとても意欲的な気持ちになるんです。
家事ひとつとってみても。
なので、体調がそこそこ安定してる丈夫な身体だったら、きっと違う人生を選択してたのだと思います。
もっとアグレッシブな方向にですね。




で。
そうではない現状の自分に対しては、あまり良い方向には感じていない部分も正直ありまくりだったのですが、
お父ちゃんにぽそりと言われて、あれ?と気づいたのですが、アグレッシブじゃない人生というのも受け入れてるっぽい自分がいたのです。
それは「あきらめ」というのではなく、
アグレッシブじゃない人生のおかげで、もしかしたら余計な変な雑味が付着せんかったんかもしれん、と最近になって思うことがちょいちょいあったからだと思います。



と言いますか。
もともとエグ味が多かったと思うんです。自分自身。
そのエグ味を少しずつ少しずつだんだんと抜いていくような、そんな感じやったのかも、と思ったのです。
もしかしたらアク抜きしてたようなもんかもしれません。
成人後からの人生は。

本当にアクが抜けてるのかどうかは分かりませんけど、少なくとも元気にアグレッシブに生きていたらちっともアク抜きなんてできずに、さらに余計な雑味が付いてしまっただろうな、というのは想像できます。
自分の性格からして。
なので、これはこれで意味があるのかもなー、と思ったりもするのです。
本当のところは分かりませんけどねー。
死んでから答え合わせしないと分かりませんけどねー。
身体がしんどいのはキツくてイヤなので、やめてぇぇ~って心の中で泣き言を言い放しですけどねー。






どこに向かってるんでしょうねぇ。
私は。
私の人生は。
私の魂は。
不思議なもんです。
14 : 59 : 38 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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