私はのび太が好きじゃない。
2013 / 08 / 30 ( Fri )
今、我が家でヘビロテされております。
「たすけてドラえもん」
http://www.youtube.com/watch?v=VM_nAa5j3jw
ぜひとも聴いてください。




私はのび太が好きじゃありませんでした。
子供の頃からずーっと。

すぐに「ドラえもーーん!」と泣きつくところがほんっとにイライラしちゃって、なんだこの男子は?ってなもんです。





この歌の中でものび太は、自分は何もできない、自分をどんどんキライになっちゃう、と言ってますが、
それを聞いていて、「のび太だからな。」と子供の頃の私なら思ったでしょうけど、今の自分にはちょっとばかり胸がチクっとしました。

まだ20代の頃だったかな。
冗談で弟が私のことを「役立たず~。」と言いました。
もちろんこちらも冗談で「なんだとー?!」と切り返しましたが、妙に「役立たず」という言葉に反応している自分がいました。

「何もできない」

というのは、私にとっては恐ろしいことでもあるような気がします。
どんなことでも「できる」か「できない」かの違いは、ものすご~く大きいと、意識的にも無意識的にも思ってる自分がずっといるのです。




で。
昨日ですが、本屋でつい買ってしまいました。
鏡リュウジさんの2014年の山羊座という占い本です。

その中に、

「どんな小さい部品でもその役割がきちんと機能していて、トータルで見たときに、細部まで完璧に作り上げられているような社会に生きるのが山羊座の夢。」

「だから自分がこの社会の中で、重要な役割を果たせるようになりたいと願うのです。自分を生かせる道をいつも探していて、それが見つかるまでの間は、あらゆるものに興味を示します。」


とあり、正直なところ苦笑いをするしかありませんでした。
そりゃ、のび太が好かんわけだー。




でもね。

「勝ち負けばかりの世界」で、知的障害者である息子を授かったというのは、そんな山羊座の女な私にとっては、ものすごーいインパクトになってます。
人生って面白いもんですなぁ。


そんな息子が先日10歳になりました。
息子、今日も19時からのドラえもんを楽しみにしております。
ドラえもーーーーん!
スポンサーサイト
17 : 14 : 49 | おすすめ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
そんな選択ができたらいいな、と思う。
2013 / 08 / 28 ( Wed )
まず、ゲッターズ飯田さんのこの記事
http://ameblo.jp/giida/entry-11601396061.html
を読んでください。





母方の叔母が、48歳の時に死にました。
入院して、もう意識が無く、集中治療室みたいなところにいた叔母に(オカンたちと交代で)付き添っていた私のことを、叔母の娘だと思った方(←とある患者さんの付き添いの方)が、
「人間は病気で死ぬんじゃないんですよ。寿命で死ぬんですよ。まだお母さんはお若いから、きっと寿命はまだあるだろうから、あきらめちゃダメでよ。」
と話してくれました。

「ありがとうございます。」と返事しながらも、私は
『ああ、じゃあ、ちーちゃん(←おばちゃんのことをこう呼んでた)は死んじゃうんだろうな…。』
と思っていました。


なぜなら、叔母は時々、
「私は48歳で死ぬんだって。」
と笑って言っていたからです。

占い好きの叔母が、何かの占いでそう言われたらしいのです。


そして、叔母は占いのとおり、48歳で死にました。






しかし、実家の近所にある喫茶店のママさんは、これまた占いか何かで寿命が○歳だと言われ、
そんな早くに死ねないからと、仏様のご加護をいただくために忙しい毎日なのにこまめにお寺にお参りを続けてきたそうです。
先日、半年ぶりに実家に帰ったのですが、ママさんも相変わらず元気そうでした。



ゲッターズ飯田さんの記事を読みながら、叔母のこととママさんのことを思い出しました。

多分叔母にも、生きようと思えばその瞬間を乗り越えて生きられる道はあったと思うのです。
死ぬことがダメなことで生きることが良いことだと決めつけるというのもどうかと思いますが、
とりあえず、叔母にもオヤジさんにもまだまだ生きてて欲しかったので、そこを乗り越えて生きる道を選択できるものならして欲しかったよな~、なんて、残された方としては思ったりします。




ただ。
叔母とママさんの違いは、ものすごく分かりやすいですが、
自分だったら、ゲッターズ飯田さんのような選択ができたらいいな~、と思います。

運命を受け入れつつも、自分が他人のためにできることに力を尽くす、という選択です。

叔母は、ただ受け入れただけ。
ママさんは、自分のためにできるかぎりのことをした。

けれど、できることなら、ゲッターズ飯田さんのような選択のできる自分でありたいなー、と思いました。
なかなかできないよなー、って思いますけどね。

16 : 43 : 08 | おすすめ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
88888のなんちゃってチャネ絵…その1
2013 / 08 / 24 ( Sat )
なんちゃってチャネ絵を2枚、それぞれの方に発送しまして、より遠くの方の所に届いたと連絡をいただきまして、
多分もうお一人のところにも届いてるハズなので、2枚ともアップします。


01

こちらは、ギリシャとかローマとかの青年で、
故郷から離れていた間に、街が戦争なのか自然災害なのか…分かりませんが、とにかく焼け野原になってしまい、
戻ってきた時にその光景を見て、呆然と泣いている………という感じがしました。

それをご本人にお伝えしたら、どうやらいろいろ納得されることがあったようで、長文のお返事をいただきました。
う~~~~~んなるほどなー、と思いました。




02

こちらの絵は……描き始めようとしたところで、なぜかいきなりこの歌が頭の中でスタートしました。
http://jpv.blog44.fc2.com/blog-entry-247.html

「他の人を愛しても、他の人でしかありません」
という部分が特に深く響いてきました。
誰か大切な人を失った……けれど、生きていくためにまた誰かを愛した女性だったのかな、と思いました。

15 : 27 : 54 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「幸せだと感じること」と「人生を楽しむこと」は、同じコトではない。
2013 / 08 / 23 ( Fri )
てなわけで、前の記事の続きになります。


じぇいど♪さんの「大きな幸せは小さな幸せの積み重ねなんだよね」という記事を読んで、お?と思ったんです。


私もね、小さな幸せの積み重ねがあって、自分は幸せだよなー、と本気で思ってるんです。





私は、幸せ。
小さな幸せの積み重ねを日々感じていて、それに嘘は無い。





でも、「この肉体で、この人生を楽しんでるか?」という問いには「YES」と即答できない。







これは、「幸せであること」と「人生を楽しむこと」は同一ではない、ということだよな、と気づいたのです。
いやいや一緒でしょー?と思う人の方が多いかもしれないけれど、私の中では厳密に言えば違うようなのです。


すると、ふと最近読んだとあるツイートを思い出しました。
野口晴哉botにあった故・野口先生の言葉です。


気を集めると体のはたらきが活溌になってき、元気が出てくるが、気が抜けるとやることもやれなくなってしまう。
やらなくてはならないと思い乍らやれないのは、気がない場合だ。
やる気があれば、自ずから力も出てくる。
こうして、気は人間の体を動かし、人間の集まりである社会をも動かしてゆく。




私は「やりたい」と思うことでさえ、「よっこらしょ!」と気合を入れないとやれないような感覚があります。
なので、「やりたいこと」すら「(頑張って)やらなければならないこと」みたいになってくるのです。
20歳になる直前から身体の塩梅がおかしくなってしまって以来、だんだんとそんな感覚になっていき、
第2子である娘を産んでからは、さらにその感覚が増してしまったな…と気づきました。

20代の頃から何かと漢方薬にはお世話になっているのですが、処方される漢方薬を思い出してみると、その多くは見事に「気虚」に対するお薬でした。
http://www.k4.dion.ne.jp/~yama.ph/type-kikyo.html
もちろん、舌もギザギザしてます。

思いに反応してパッと身体が動けるほど、私の身体には「気」が十分には足りてないのでしょう。
だから、なにもかもが「(気合入れてなんとか)やらなければならないこと」のような感覚になり、楽しむという気持が相殺されてしまうことが多かったのかもしれません。
(「好きだからやりたい」と身体が自発的に動くのって、本当に仲良しの友達と会う時と関ジャニ∞関係のことくらいかもしれない……。あわわわー。)


と、いったところで、今日は朝イチからおとーちゃんが子供たちをプールに連れてってくれたので、1人の時間ができたためにMAPのレギュラーセションをしたのですが、
いろいろ質問してみたところ、「気を取り込む」ところに問題があるのではなくて、「どこかしらからエネルギーが漏れてる」のが問題だと言われました。(←Oリングを使ってます。)
それは、チャクラではなく、エネルギー管らしいです。

出産のダメージで第2チャクラがちょいとイマイチになってるのとは別問題だそうです。




なので、
WBHの医療チームにそのあたりを良い塩梅にしてください……とお願いはしました。

しましたが。

「エネルギー管や第2チャクラに問題があるから、人生を楽しんでいるという感覚に届かない」
という方向だけじゃなく、反対の方向もあるよな、と思ったんです。

つまり、「人生を楽しんではいけない」みたいなブロックが潜んでいて、それが今の状況を引き寄せている、という方向です。
なぜなら、なんとなーーーくそんな類のブロックが隠れているような感覚があるからです。
もしかしたら、何らかの罪悪感から自分を罰するための想いだったのかもしれないし、
もしかしたら、修行系の苦労してこそ…みたいな信念があったのかもしれないし、
とにかく何か「もう役に立たなくなったモノ」がブロックと化してるような気がします。
まぁ、そこは地道に探していくしかありませんね。






さて。
野口先生の言葉を、他にも紹介しておきます。


自分の欲する方向に心を向けさえすれば、欲する如く移り変わる。
人生は素晴らしい。いつも新鮮だ。いつも活き活きしている。
大きな息をしよう。背骨を伸ばそう。



まず自分から動くことだ。自分から出発することだ。
しかしその意欲も、背骨が弱いと生じない。
背髄へ息を通すと自発的に動きだし、世界は為に一新する。




エネルギー管と背骨は別ものだけど、身体を縦に貫くものであるというところでは同じように感じます。
どっちにせよ、この「縦のライン」ってのが私は弱いってことだよな~、と思いました。
「あさイチ」で紹介されてた筋肉を鍛える運動をちまちまやってますけど、そういう努力も続けなきゃね、と思っております。
14 : 39 : 11 | エネルギー | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
人生を楽しんで生きているか?という問いに、YESと即答できない。
2013 / 08 / 21 ( Wed )
MAPセションをコツコツ続けていて、あるテーマが浮かび上がってきています。





私は、人生を楽しんでいるのか?

この肉体を受け入れ、人生を楽しんで生きているのか?





というものです。
詳しく経緯を書くとどえらいこと長くなるので割愛しますが、セションでこのテーマが徐々に浮かび上がってきたところで、それに関連するようなブログ記事を続けていくつも読むことになったり、
友人の真似をしてひいてみた「あなたの今日のオーラソーマ」で「守護天使」が出たり。
http://artbeing.com/aura-soma/reading/tarot-044.html
「あなたの魂は、自分を信頼すること、自分らしく生きることに、心を開くこと、そしてくつろぐことからあなたのエネルギーが自由に流れ出すことを思い出して欲しいと願っています。」
だなんて、いたたたたーってなりました。


ただ好きなことをして自分勝手に生きる…という意味では無いことくらいは分かりますけど、
果たして自分はほんとうに楽しんで生きているのか?と問われると、言葉に詰まる自分がいました。

同じことの繰り返しの日常に飽き飽きしてるとか、そういうことでもないし、
そんな日常をありがたいと思っているし、フルタイムで外で働いていないから社会とのつながりがどーのこーのなんてことも思っていないし………

そういう枠組みでの問題じゃないんです。


多分、もっとシンプルな、もっと深い部分での話だと思うんです。
多分、「理性」とか「論理」とかと拮抗して、押さえ込まれやすい部分のことだと思うんです。



ほんとは、拮抗するものじゃないんだけど、何か不要なモノがややこしくしてるような気がします。








そう思うと。

妊娠と出産は「この肉体をフルに使って人生を楽しむ」という状態だったように思います。
そして、関ジャニ∞のライブの時間もそうなんですよね。

「この肉体をフルに使って人生を楽しんでいる時間」は、純粋な喜びを感じている瞬間の積分みたいな感じだよなぁ……と、感じます。



とりあえず今は、関ジャニ∞にめっちゃ助けられてるよな~、って、しみじみ思います。








参考までに、これを貼り付けておきます。

http://www7.plala.or.jp/bumboo/amulet/f_ca.html

私の持病の1つが、第1チャクラの弱さが原因なのかなー?とずーっと思ってたら、セションで
「第2子出産のダメージで第2チャクラがそれまでよりちょっと弱ってしまった(?歪んだ?)せい」と(何度訊いてもそう)言われて、
そこから「人生を楽しんでいるか?」というテーマが浮かんできたんですわ…。

なかなか根っこが深そうです。
(※ …と、次の日記に続いた。)
16 : 14 : 33 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
独裁者の統べる国は不幸だというのは、思い込みなのかもしれない。
2013 / 08 / 16 ( Fri )
先週のことです。
関ジャニ∞の3人が出てるテレ東の番組を見ていたら、トルクメニスタンを取材したとやってまして、
その時に、世界各国の報道自由度のワースト3が、


エリトリア、北朝鮮、トルクメニスタン


と紹介されてたんです。

え?
北朝鮮より報道の自由度が低い国があるの?
エリトリアってどこの国?

と興味をひかれまして、早速ぐーぐる先生に調べてもらいました。




すると、こんな記事をすぐに拾ってくれました。
ぜひ読んでください。
麦茶でも用意して、じっくり。
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2012/05/post_6229.html
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2012/05/post_a391.html
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2012/06/post_70ee.html



番組でも、トルクメニスタンの国民は、北朝鮮の人たちのように大統領を褒め讃えまくっていて不自然ではありましたが、
でも、北朝鮮とは決定的に違うことがありました。

それは、トルクメニスタンでは豊富な地下資源で得た富は国民に還元されている、ということです。
ガスや水道はもちろん無料。
教育費も無料。大学も正規の試験さえ受かれば実質無料だとか。
家族を大事にする国民性で、夕方になると街は閑散とするそうです。みんなおうちに帰って家族と食事をするから。
取材班にはりついていた政府の人も、実はすごくフレンドリーだったりして、あれれ?って感じ。
国営放送はちっとも面白くないので、国民のほとんどがおうちにバラボナアンテナつけて、海外のテレビ番組を見てるとか。
独裁者が仕切ってる国だからって、国民がちっとも不幸そうじゃないんです。


すると、ちょうどこんな記事も見つけました。
http://www.tkfd.or.jp/news/today/1_20061225_1.shtml
ニヤゾフ大統領というのは、トルクメニスタンの前の大統領のことです。

あー、そういうものなのかもなー、と思いました。
独裁者本人が賛美を強制するんじゃなくて、周りが気を利かせせやってるうちにどんどんおかしなことになっていくものなのかもな、と。




「独裁」はダメ、「民主主義」でないと先進的な国ではない、というのは、ほんとうにそうなのかな?と、考えさせられました。

リビアも、今は治安がすごく悪化しているとか。
カダフィが治めてた頃より殺人事件が5倍になったらしいです。


「国」とは何か?
「良い国」とは何か?


表現の自由が規制されていたとしても、もしもその国の治安がとても良くて、生活水準が高いとするなら、それも「良い国」のカタチの1つなのではないか…?


ほんとうにいろんなことを考えさせられました。

14 : 13 : 34 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「アルクトゥルスの記憶」というブログ記事。
2013 / 08 / 15 ( Thu )
時々チェックしているブログなんですが、今さっき読んだ記事のリンクを貼っておきます。
必要な人もいるかもなー、と思うので。
なんとなく。


アルクトゥルスの記憶
http://sekaijunokokagede.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-0173.html

ちょいと記事のボリュームがあるので、麦茶でも用意してから読み始めるといいかと思います。
17 : 39 : 57 | おすすめ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
お申し込み、ありがとうございます。
2013 / 08 / 14 ( Wed )
てなわけで。

88888キリ番をゲットして、「なんちゃってチャネ絵」をお申し込みくださった方が、現在17名でございます。
こんななんちゃってーな絵を欲しいと言ってもらえて、ありがたいと感謝しております。


しかし、
オカン業民絵屋業eighter業の合間をぬって描かせていただきますので、お届けまでにお時間をいただいてしまいますが、どうぞ気長にお待ちくださいませ~。


あ、それでですね。
多分、絵の大きさはハガキ大になると思います。
絵だけを普通郵便(海外にはふつーのエアメール)でお送りする予定です。
投函後にメールでお知らせするつもりではいますので、よろしくお願いしますねん。
12 : 28 : 30 | イベント | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
88888キリ番ゲットの人がいっぱいおるーー!& キリ番ゲッターの方への応募要領です。
2013 / 08 / 13 ( Tue )
や、前の時にも3人くらい重なってゲットしたーってことがあったんですけど、
今回、なんかすごいいっぱいおられますねぇぇぇぇ。
やー、ビックリです~~。

それだけチェックしてくださる方が増えたってことですもんね。
ありがとうございます~♪



というわけで。

すみませんが、88888をゲットして、証拠画像があって、チャネ絵を希望される方は、
tamie★kagishippo.com(←★をアットマークにしてください)に画像を添付し、以下の必要事項を明記して、メールをください。
(えー、住所を私が知ってる人も、お手数ですがご記入くださいませ。)
◆名前とハンドル名
◆生年月日
◆住所



で、ですね。
予想をはるかに上回る人数ですので、下手したら数カ月お待ちいただくことになりかねませんが、
何卒ご了承くださいませ。

そして、あくまでなんちゃってチャネ絵ですので、過度な期待をしてもらっちゃうと困っちゃいますので、軽い気持で受け取ってくださいませ。


では、よろしくお願いします。
10 : 15 : 25 | イベント | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
★88888キリ番ゲットの方へのプレゼント企画★
2013 / 08 / 11 ( Sun )
先日、あるマイミクさんから「チャネ絵って販売しないんですか?」と質問メールをいただきました。
その人のお友達がすごく興味を持ってくれたそうなので、販売の打診をしてくれたのでした。


mixiの足跡機能があった頃、キリ番祭りを何度かやってまして、
マイミクさんたちが私が設置した専用日記にどーでもいいコメントばかりだだだだだーと書き込んで、カウンタをがんがん回してキリ番をゲットする……というお遊びで、
これがもうなんともくだらないコメントばかりで面白かったのです。

で、キリ番ゲッターさん(と、だいたいは前後賞の人たち)に、なんちゃってチャネ絵を描いてプレゼントしていました。
何も考えずに、その人の絵を描くぞー……と、描き始めて出来上がったモノを「なんちゃってチャネ絵」としてプレゼントしてたいのです。

また、他にもたまに、なんとなくすご~~~く描きたくなって、マイミクさんのなんちゃってチャネ絵を描いたりもしてました。
(私のこと分かっててくれて、すごく仲良くしてくれてる人達のしか、事後承諾のカタチでは描けないけどね。もちろん。)

いろんな絵を描きましたが、その一部をアップしますね。
こんな感じだよ、ということで。

なんちゃってチャネ絵

なんちゃってチャネ絵

なんちゃってチャネ絵



しかし、販売する……となると、「なんちゃって」ではダメでしょー、と思うので、自信がまったく無い私は、天使の絵と同じような販売形態を取ることにものすごーく抵抗があるため、
もしも友達がなんちゃってチャネ絵を描いて欲しいって言うなら、アナタの友達なら描くよー、と返事をしたところ、
私が彼女にプレゼントした絵がいかに的確に彼女の「インナーセルフ」を描いているか、を、彼女の視点だけでなく、彼女をよく知る友人の言葉と共に教えてくれました。

そうだったのかー、と、私の方がビックリしました。




すると、石井ゆかりさんの週報で、山羊座さんがこんなふうに書かれているのを昨日読みました。

http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/week/weekly20130812.html#capricorn

山羊座 2013/8/12-8/18の空模様。


「読み取る」「感じとる」「察する」。
そうした作業に、
神経を集中させる人が多いかもしれません。
これは、人の顔色を窺うとか、空気を読むとか、
そういったことではありません。
むしろ、一対一のコミュニケーションを
より、深く大きな、重みのあるものにするために
貴方の方から望んで起こすアクションだと思います。


反応する力、感応する力。
「感受性」という言葉は一般的に用いられますが、
これは、「働かそう」と思わなければ
うまく作用しない場合も多いと思うのです。
どんなに感受性をゆたかに持っていても、
ある対象に対して、
しっかりと目を向け、「感じとろう」と意識しない限り、
感受性に触れないままスルーしてしまう貴重な機会も
たくさんあるはずです。


今週、貴方の生まれ持ったゆたかな感受性を
自分の望みにそって、
おそらく、ある「他者」に向かって、
十全に働かせることになるのではないかと思います。





うーん。
これは、なんちゃってチャネ絵をまたキリ番のプレゼントで描いてみようかな……。

と、思わされました。
いつも仲良くしてくれてるマイミクさんたちとは違って、普段はコメントのやりとりの無い人に描くことになるかもしれないんだけど、それでもやってみるかー……と、思いました。



というわけで。

88888のキリ番をゲットされた方で、なんちゃってチャネ絵のプレゼントが欲しいな~って方は、カウンタの画面をコピって、この日記のコメント欄にその旨をコメントしてください。
よろしくお願いしま~す。


※追記※
スマホからの場合は、
「花のように光のように」
の左横にある▽をタッチすると、PCビューってのが出ると思います。
これをタッチするとPCと同じ画面になり、カウンタも見れるようになりますー。
(少なくとも私のスマホはそうです。)
16 : 06 : 50 | イベント | トラックバック(0) | コメント(18) | page top↑
白魔堂のあかやさんのための絵
2013 / 08 / 10 ( Sat )
白魔堂さんからカイロスくんという素敵なドラゴンをいただきましたので、
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-770.html
お礼に……なってるかどうか分かりませんでしたけど、「あかやさんの絵」を勝手に描かせてもらって送らせてもらいました。

今朝、あかやさんからお礼のメールをいただきまして、気に入ってくださったようでホッとしております。

あかやさんの絵

あかやさんの絵は……天使じゃないよなぁ~。
と、思いつつ描き始めたら、こういう絵になりました。

10 : 59 : 03 | 民絵屋 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
なんのために現世の自分として生まれ、生きているのか。
2013 / 08 / 07 ( Wed )
本日2つめの日記です。
明日にしようと思ったけど、明日は絵を描く時間ができそうなので、今日のうちに書いちゃおうかな、と。



ちょっと前に、とある人とメールのやりとりをしていて、その人が
「やっぱり、スピってちょっと特殊な世界だと思う。」
とメールを結んでいたんです。



たしかに、ちょっと特殊かもな~と思う自分もいれば、特殊でもなんでもないよな~と思う自分もいて、その言葉について返事を返すことができずにいました。




そしたら、うさみみさんのこんな記事をさきほど目にしました。
過去生に原因があったら過去生を癒さないと癒えない!?
http://celestie.blog23.fc2.com/blog-entry-1705.html

おりしも、「時の流れ」に関する守護竜のぬいぐるみが届いたところでしたので、これもナイスタイミングなのかもな、と思ったりしました。


あくまで私の感覚ですが、
「過去世を癒す」というのは、「過去世と自分が認識している物語を通じて、自分の魂の傷を癒す」ことだと感じていて、
それは、うさみみさんが言うように、多くの場合は「現世の自分の傷」を癒すことで、魂の傷を癒すものなんじゃないのかなー?と感じているのです。
ってか、そのために転生してるんじゃないの?って思うし。

でも、まぁ、過去世を知ることができて、その時にフォーカスして何らかの方法でその傷を癒す方が早い…という場合は、ハイヤーさんたちがそういう方向に導いてくれてるんじゃないのかなー?と思うわけです。
そこはケースパイケースなんだろうな、と。



ただ、そこで、うさみみさんの言うように「スピは使いこなしても巻き込まれるな」という注意事項があるように私も思うんです。

それこそ、過去世であの人とは敵同士だったから現世でも気が合わないんだわー…なんて言い出すくらいバカげたことってないですもん。
だってそれは、ただ今の自分が今のその人のことが好かんってだけの話だと思うんですもん。

もちろん、過去世の縁ってものを全部無視してしまえ、ということじゃないし、過去世の縁があるからこそ、さまざまな出会いがあるわけで、それはとても大切なものだと思うんです。


つまり。
過去世で敵同士だったとしても、今世で出会ったら、ケンカしつつも創造的な関係になれるかもしれないし、
逆に過去世で深く愛し合っていたとしても、今世で「今のお互い」を理解する努力をしなければ関係は破綻するでしょうし、
結局は、「今の自分の人間性」が何よりも最優先されて人生は創られていく、っていう、めっちゃ当たり前のことだと思うんです。



私は、過去世や「上」のことと、この今の自分の在り様というのは、等価だと思っているんです。
そこは揺るぎません。
でも、「今の自分」を生きてると認識しているこの意識においては、「今の自分」を癒し高めることしかできないとも思っています。

今の自分に責任を持っているのは、「今の自分を生きてると認識しているこの意識の私」だ、ということです。






というわけで。

今の自分に責任を持っているので、今から家族のために夕飯を作ってきまーす♪
17 : 53 : 58 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
白魔堂さんからプレゼントが届きました♪
2013 / 08 / 07 ( Wed )
白魔堂さんの作品を、去年購入させてもらって、こちらの記事で紹介させてもらいました。

ふふふ。
去年末の関ジャニ∞のライブに行った時につけていきましたよ~♪
ふふふ。



と、そんな素敵作品がたくさんの白魔堂さんですが、
mixiページのフォロワーさんが100名を超えたので、10名の方にプレゼントしちゃいますよ企画をしてくださいました。
なんて太っ腹!素敵すぎますっ!

たまたまスマホをいじっていた時に、月子さんから「すぐにチェックするべし!」とメールが来たおかげで、余裕で10名の枠に入り込むことができました。
ありがとー。月子さん♪


10名の方へのプレゼントを今から作るわけだから、もちろん届くのはずっと先だろうなー、と思っておりました。




が。

月曜日に「発送しました。」と白魔堂のあかやさんからメッセをいただきまして、
「もう作ってくださったんですか?」とビックリの返事をしたところ、
もう出来上がっていて、お店にも出ていた作品なので、1番に送ってくださったとのこと。

「これは、たみえさんのところに行くべき作品だと思ってました。」

とのお返事に、テンション上がりっぱなしになりました。
どれだろう??どれだろう????と、想像しつつも、きっとお店の「SoldOut」ページを見たら分かっちゃうよな、と思い、届くまでお店を見ることを我慢していました。





で。

今日のお昼に届いたのがコレです!


カイロス横向き

カイロス

カイロスという名のドラゴンです。
お店の説明はこちらです。
http://tosikipi-akaya.ocnk.net/product/2338
かわいすぎ素敵すぎっ!


あかやさんのお手紙には、

「カイロスと時環って同じドラゴンじゃない?」

とありました。
カイロスができた時に時環のことを書いた記事をちょうど読んでくださったのだそうで、そう感じたのだそうです。




天使系が強い私。
残念ながらマイドラ時環とはあまり濃くコンタクトが取れません。
それでも、ふと時環のことを想うことはもちろんあります。

たまたま昨日の夕方に、2階の部屋の窓を閉めながら見た空に、龍のような雲があり、
なんとなく時環のことを想ってたところでした。


しっかりアピールしてくれてましたね。時環ってば。





上記の説明にもありますが、「カイロス」とはギリシャ語の「時刻」という意味で、
ギリシャ語には「クロノス」と「カイロス」という2つの時間の流れを示す言葉があるそうです。
ふつーの「時間」は「クロノス」で、「カイロス」はもっと主観的な時の流れを意味するらしいです。

そう思うと。
じぇいど♪さんのところからやってきたドラゴンに「時環」という名前をつけたのも、どこか必然性があったのかもしれません。

時の流れに関する名前を2つ持つ青いドラゴンかー……。





そうそう。
以前、お花ちゃんからも時環ワンドをもらっていたので、持たせてみました。

奇跡のコラボ

きゃー!
奇跡のコラボよーーー!
カイロスってば、かっこいいわよーーーーーー!


あ、いえね。
カイロスと一緒にいただいたのは、盾じゃなくて、日時計だったんですけどね。
「心の日時計」という作品です。

日時計

…って、ああ、なんかもぉ、これも「時」に関係してるやん。
てかさ、あたし、地学科出身なので、日時計なんてとても身近に感じるアイテムなんですがー。
うはー。



そしてそして。
あかやさんは、娘にも「つばさのワンド」をプレゼントしてくださいました♪

つばさのワンド

娘、大喜びでしたわ~♪

あ、そいえば。
娘は太陽水瓶座なので、エレメントは「風」なんですよね。
つばさのワンドなんて、娘にピッタリですわん♪

※追記※
なぜか分からんのですが、箱を開けた時に、つばさのワンドのもう1つの青い方がポロンと畳の上に落ちてしまったようで、そちらは写真を撮ってませんでした。
青いワンドは息子のものだな♪



白魔堂のあかやさん、ほんとうにありがとうございました♪
14 : 29 : 41 | ドラゴン | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
罪悪感がポロリ。(と、もうすぐカウンターが88888だ。)
2013 / 08 / 05 ( Mon )
この記事
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-754.html
で書いたように、コツコツとMAPセションを続けておるわけですが。


あの記事でも書いたとおり、私の「上のヒト」の1人であるタミエル……の「親友くん」を通じてやりとりをすることもあるわけですが、

昔々の、地球じゃないところでのお話で、
今の地球でいうところのバイオテクノロジーみたいな任務をメインにしていた親友くんが、
諸事情でタミエルのところに連れてきたのが……まぁ、なんか特殊加工された魂の子でしてね。


その子を弟のようにかわいがっていたタミエルは、その子が戦場に駆り出されることになったので、心配のあまり足手まといにもなりかねんっちゅーのに戦場に志願しましてー、
そしたら、これまた親友くんがタミエルを心配して志願してきましてー、

結局、あの子がまず闇に喰われまして、それから少し経ってからタミエルも闇に喰われちゃったんですね。(厳密に言うと闇に浸食されてる途中でミカエルに剣でぐさりと刺された…なんですけどね。おかげで魂が完全に消えずに済んだワケです。)



まー、そんなワケでー、
親友くんにしたら、諸事情があるとは言え、タミエルにあの子を預けちゃったために、大事な友人を目の前で失うという経験をすることになっちゃったので、ものすごく深い心の傷を受けちゃったんだろうなー、申し訳ないなー……みたいな気持が、この物語を思い出した時から、心のどこかにずーっとあったんですよ。

や、それは私の気持なのか、タミエルの気持なのかはちょっと区別できんのですがね。





そしたら、今朝、早朝に目が覚めたので、MAPセションを1人になって行ってたんですけど、
その時に、ぼやーっとしながら親友くんと会話ってゆーかなんてゆーか…をしてましたら、

「君たち2人(の魂?)をレスキューすることにめちゃめちゃ必死だったからさー、悲しみに浸ってる余裕すら無かったんだよー。めっちゃ大変だったんだぞー?はははー。」

と、ケロっと言われまして。





もちろん、それが本当かどうかなんて分かりませんけど、
てか、この私の物語そのものが事実かどうかすら分からないコトなんですけど、
それでもね、親友くんのこのサバサバしたかるーーーい言い方に、ものすごーくホッとさせられたのは間違いないんです。


おかげで、罪悪感みたいな感情が1つポロリと取れました。









さて。

当ブログのカウンターがもうすぐ88888になりそうです。
またプレゼント企画しなきゃ♪



17 : 34 : 55 | 「上」関係 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自分を取り戻して、誰のせいにもしないで、自分の人生を生きる、ということ。
2013 / 08 / 01 ( Thu )
もう1年以上前になるんですが、「毒になる親」という本を読んだ時のことを書きました。

http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-553.html
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-554.html


親にからめとられていたエネルギーを取り戻し、自分の人生を生きるために使うことができるようになるための1つの方法が示されていると思います。


さて。
昨日ですが、ほぼ日の山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室。」の中の1つをひょいと読んでみました。
Lesson644「誰かのせいで何かができない」と言わない自立
http://www.1101.com/essay/2013-07-10.html
です。

ぜひ全文読んでいただきたいのですが、
山田ズーニーさんはたくさんの人の文章を読んできた中で気づいたこと、それは、
親子関係に大きな確執がある人でも自立して自分の人生を生きている人たちに共通するのは、親子関係を解決しようとしていないことだ、と言っています。

「毒になる親」を読んだ時もなるほどと思ったのですが、大事なことは「自分を取り戻して、自分の人生を生きる」ということであって、
親との関係性を風通しの良いものに改善していくことではないんですよね。
もちろん、そうなればなお良いに決まってますけど、そこが目的ではないんです。


大切なことは、自分の人生を生きるということ。


誰かのせいにしないで、自分の人生を生きていけば、
実に逆説的ではあるけれど、
親は変わらなくても親に対しての自分の想いが変わったり、愛情を素直に感じることができるようになったりもするんです。

もちろん、そうでなかったとしても、誰のせいにもせず自分の人生は自分で責任を負うというという生き方を貫いていくことは、さまざまなギフトが人生から贈られてくるはずです。





また昨日はこんな「つぶやき」をマイミクさんの1人がされていました。
日記に載せてもいいよと言ってくださったので、コペピさせてもらいます。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「愛してるよ」って30年間言えなかったひとに言ってしまった! そしたらエネルギーが噴水みたいに吹き上がって、身体がホースみたいにうねって、涙がこぼれてこぼれて、大笑いが止まらなかった。喉のチャクラ開きはじめた。夕焼けの空が綺麗できれいで、ここはどこだろう、わたしはだれだろうと感じたよ。愛してるって!

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


これは、誰に対して「愛してるよ」と言えたのかは分かりませんが、でも30年間言えなかった…ということですから、かなり身近な人なんだと思います。

このような体験は、まさに人生からのギフトだよなぁ、と思いました。





1人1人親子の関係性は違うし、経済的な問題やら健康問題やら……いろんなことがあって、今は自分の人生を生きるためのパワーを失ったままの人もいっぱいいるかもしれないけれど、
「自分を取り戻して、誰のせいにもせずに、自分の人生を生きたい!」と腹の底から本気で願う力をまず呼び起こしてもらいたいなぁ、と思います。



自分の人生を生きていないと、愛がまっとうに流れにくいものね。
12 : 00 : 33 | おすすめ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
| ホーム |