自分も他人も責めちゃう自分がいるんだけど。
2010 / 08 / 30 ( Mon )
確かにさ。



確かにそうなんだよ。
「事実」としては、そういう「経緯」とか「状況」とかがあったわけでさ、

んでもって、それを自分が「こんなふうに受け止め」て、「こういう感情が湧いてきた」んだよ、ってわけなんだよね。



それは確かにそうなんだろうけど、
それはそれという感じで認識したうえで、誰かを責める気持ちってーもんを手放していかないと、なんだか堂々巡りな人生な気がするんだよなぁ。



どんな些細なことでも、きっと誰かを責めてるうちは堂々巡りなんだろうなぁ。


もちろん、私はまだまだ自分も責めちゃうし、他人も責めちゃうんだよ。
「あー、もー、あんたたちが○○って言ったからやーん。」とか、子供に向かって言ったりね。
で、そんな自分に後からダメ出しして落ち込んだりね。



そんなん、しゃーないやん。
あたし、デキた人間やないし。



…って思うけど。
思うけど、でもやっぱり、こーゆーのが堂々巡りの原因なんだろうなぁ~って、最近ちょっといろんな人のブログ読んでるうちに、じわじわと思うようになってきたよ。

うん。

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14 : 28 : 19 | 魂・霊性など | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
息子、7歳になりました。
2010 / 08 / 26 ( Thu )
今日、息子が7歳になりました。
早いなー。もう7歳だよー。


でもって、たまたまお父ちゃんも今日はお休みだったので、家族4人で朝から行ってきました。


「名古屋アンパンマンミュージアム」


ってところに、です。
名古屋って名前がついてるけど、三重県です。
長島スパーランドの横っちょです。
そんなに広くもありません。



……しかし、すべてがアンパンマンの世界なのです。
ヤバいです。

今年の春からアンパンマンを解禁にしてやってからこっち、めっちゃアンパンマンにはまってる息子のために、お父ちゃんが誕生日くらいは連れてってやろうよと言い出したので、実はアンパンマンはあまり好きではない私ですが、息子と娘が喜ぶ姿見たさに行ってきましたよ。ええ。


ディズニーも好きじゃないので、ネズミランドももちろん連れてったこともないし、そもそもテーマパークってもんも連れてったことがないので、息子にしたら初めての経験だったんですなぁ~。
こーゆーのって。


……なんかね、テンパってました。息子。
嬉しいって気持ちよりも、キャパオーバーだった様子で、なんだかおかしくなってました。
んでもって、頭だけすげー熱くなってました。



さすがに後半は慣れてきたらしく、ようやくいつもの笑顔が見れましたけどね。
アンパンマンのきぐるみさんと握手してから、ふっきれたみたいだったんですよー。
面白いなぁ~。我が息子。





てことで。
今日は1日、すげー疲れました~。
息子は、今日のことをそのうち忘れちゃうんだろうけど、あのテッパってた顔を私はずーっと忘れないぞー。
ぷぷぷぷ。

21 : 57 : 38 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2年前は、もちろん全然分かってなかったけどね。
2010 / 08 / 24 ( Tue )
ちょっと前にこの記事を読みまして。
http://fineengel.blog10.fc2.com/blog-entry-380.html

なんとなく分かるなー、という気持ちと、それだけじゃないんじゃないかなー、という気持ちと、まぜまぜになりました。
「依存」と「信仰」は違うよな~、とか「依存」と「お任せ」は違うよな~、とかってのもあるけど、それはさておき。



「依存」と「自立」。
多分、何かに誰かに依存するという状態よりは、自立してた方が良いんだろうなぁ。
おおざっぱに言えばね、そういうことになってると思います。


しかし、この記事を読んでて、そもそも「依存」とか「自立」って何だろう??って、ハタと考えさせられたのです。
赤ちゃんがお母さんに「生きるためのお世話」をすべて依存していても、それをダメ出しされることは無いわけです。
大人だって、自分の生命維持を「地球」や「太陽」に依存してるとも言えるし。

確かに依存「症」になるとアカンけどね。
分かりやすいところではアルコール依存症とか薬物依存症とか。
でもこうなると、「依存」と「自立」という話とはズレてくるのかもしれないです。


つまり。
宗教とかスピとかに「依存」している状態のままよりも個々が「自立」すべきなんじゃないか、という話ならば、それはアルコール依存症から離脱すべきという話じゃなくて、大人になったんだからそろそろ「自立」したらどうかしら?ということかな、と思ったわけです。
私は、スピとか宗教とかに「依存」しているという状態は、多かれ少なかれ「通る道」なのかなー、と思った、ということですね。


あ。
でも、スピとか宗教とかに「深くリンクする」のではなく……なんてゆーか、「型」に心を奪われてるだけという状態だと、それは端から見たら「依存症」みたいに見えるか~。
上記ブログ主さんからすると、そういう状態みたいに感じさせられる人が多いのかもしれんですね。

もちろん、「型」から入って「型」をガッチリ習得するというのも道のりの1つなんだと思うんですが、まだ「型」の世界にいるのにも関わらず、免許皆伝かのように振る舞うようになると厄介なんでしょうね。

いや、免許皆伝かのように振る舞うとまでは行かなくても、その「型」がさまざまなことに対する理解を深める手段として有効であればあるほど、その「型」にどこか知らず知らずに固執してしまって、「深くリンクする」ということがちょっと滞ることもあるのかもしれんですね。








と。
そんなことをつらつら思っていたら、さきほど「うお!」って思っちゃう記事を読みましてね。いろんな意味で。


「なにみえ」の遠足とか、クリロズへのアクセスとかを通じて、「上のヒト」という存在を認識するようになり、その「上のヒト」に関する物語がいろいろ出てきて……というのも、「型」だよなー、と思ったんです。

まぁ、だいたいはカルマの解消とか癒しのための「手段」となってるかなー、という感触がありますね。
いろんな人のそーゆーのをチラリチラリと目にしていると。
もちろん、私もそーゆー意味合いが強いと思ってます。自分自身。
でもって、その「上のヒト」と「その物語」は「自分の一部」だという感覚が強い人が多いだろうなー、とも思います。

人によっては、この「型」が非常に強力な手段となってるようにも見受けられますしね。
そーゆーの、いいと思います。単純に、ほんと。




……しかし、だからこそ。

強力な手段であればこそ、時には「あれ?あたし、大丈夫かしら?」って立ち止まってみる必要があるのかもしれないですね。
私の場合は、その「うお!」って記事を読んで、ちょっと立ち止まっちゃいました。
いや、だってね、自分のことをチェックするのって至難の業だけど、他人の姿見て「あれ?なんか変じゃない?」という部分から自分を省みることならなんとかできるもんね。


自分は、実はただ「型」をなぞっているだけなのか、
それもと、「深くリンク」していこうとしているのか。

それって全然違うんだけど、でも案外微妙なもんだよな、って気がしました。
自分を省みても。





多分ねー、何かに深くリンクするというのは、「自分に深くリンクする」ということになるんだと思うんだけどね。
そうなると、きっと「型」にこだわることも無くなるんだろうなぁ。

すべては、「ほんとうの自分」に還る道のり………なんだろうしさ。







というわけで。
じぇいど♪ボス、お誕生日おめでとうでござる。

22 : 26 : 40 | 「上」関係 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
きっと、どんどん。
2010 / 08 / 18 ( Wed )
今日は午後から我が家でママ友……って言うのかなぁ。
とにかく、女3人とその子供たちと冷房の効いた部屋でお茶しておりました。

まーー、あれだねー。
やっぱ、管理職の管理能力にちょっと問題がある組織というのは、なんやかんやで機能不全に陥りやすいよねー、というのが結論でありました。




さて。

話はさっぱりすっかりひょっこり変わりますが……。


愛先生のこの記事
http://mademoiselleai.nifty.com/madeailog/2010/08/post-89cf.html
を読んでて、
「フリーエネルギー!フリーエネルギー!!」
と、心の中で叫んでしまいました。


やっぱり世界がガラリと変わるのって、エネルギー問題がどかんと変化した時だろうなー、と思うんですがね~。





……でね。
読んでて、そいえば最近はあまり私自身「アセンション」ってものをあまりガッツリ考えなくなってるよなー、とふと思いました。

2012年に何かがガラリと変わるのかもしれないし、変わらないかもしれないし、そんなのはどっちでもいいやー、とかそんな感じ。


でも、なんだかどんどんきっと世界は変わっていくんだろうな、とは思うんですよ。
5年後なんて……想像できないくらい~。



きっと、どんどんいい感じになっていくよ。
私も、あなたも、世界も。
16 : 49 : 38 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
それがどんな悪夢だったのかは分からないけれど。
2010 / 08 / 11 ( Wed )
今月末で7歳になる息子はダウン症児なので、もちろん手もかかるんですが、しかし彼は赤ちゃんの頃から育てやすい子でした。
生まれ持った性質が「どっしりしたもの」のようで、少なくとも私よりも成熟した魂を宿した子なんだろうなー、と思います。

それに比べて3歳半の娘は、赤ちゃんの頃から非常に癇の強い子で、この春から保育園に行くようになって、かなり良くなってきましたが、それでもやはり「癇の強さ」は彼女を生きにくくしているように感じます。
いろんなものを背負いこんで生まれてきたんだろうな、と思います。
そして、ものすごい怖がりで、怖い~~と、すぐに泣きます。大声で。


そんな娘が、昨日は朝から高熱を出しました。
扁桃腺が真っ赤っかだそうです。

そんな状態なので、夜もほこほこで、なかなか寝つけない様子でした。
いつもはスコーンと寝てしまう息子も、珍しく夕方寝をしたせいで、これまた全然寝つけない様子でした。
……親の方は疲れて寝ちゃったんですがね。



何度か娘にお水が欲しいとか、トイレ行きたいとかで起こされつつも、うつらうつら寝ていたら、寝ている私の隣で娘が突然仁王立ちしたのに気づきました。
ぷるぷると震えているので、トイレに行きたかったけど漏れちゃったのかな……と、思いました。

しかし、声をかけても娘はぷるぷると震えたまま、無言で立っています。
声をかけながら抱っこすると、身体中が小刻みに震えていて、声も出せない様子でした。


怖い夢を見たのか、とにかくひどくひどく怖かったようでした。
時々、怖い夢を見て大声で泣くことはあるのですが、こんなふうに身体が小刻みに震えたまま声も出ない状態の娘なんて初めてです。
普段の、子供の怖がり方ではないな、と思いました。
尋常じゃないな、と。

お父ちゃんの隣の、部屋の端っこにいた(おそらくウトウトしていた)息子も心配して起きてきました。

ずーっと抱っこをしていてもなかなか震えが止まりませんでしたが、それでもようやく震えが止まってきたので、
「あっち(台所)に行って、麦茶飲もうね。」
と、娘を連れていきました。息子もついてきました。(お父ちゃんは寝てたー。)


電気をつけて、明るい台所で3人で麦茶を飲んでいたら、娘はやっといつもの「意識」状態に戻ってきたらしく、ホッとした様子で笑顔も出てきました。
息子が妹の頭をなでて、いろいろ話しかけていました。
息子も妹がかなり怖がっているということが分かり、彼なりに「だいじょーぶ、ね。ね。」と妹をなだめていたのです。
お兄ちゃんが大好きな娘にとってはすごく嬉しかったようです。


「すごく怖い夢、見たんやねー。」と娘に話しかけると、娘は小さい鬼がどうのこうのと言いましたが、もちろんどんな夢を見たのかは分かりませんでした。
話してる様子を見てると、あれは夢だった、もう怖い夢はどこかに行っちゃった、というのは分かったようなのですが、やはりそれでもまだリラックスしきれなかったようで、その後お布団に戻ってもなかなか寝つけずにいたようです。
あんな怖がり方をするくらいだったんですから、当然っちゃー、当然だろうな、と思います。
なので、「もう大丈夫だよー。お母ちゃんもお兄ちゃんもお父ちゃんも一緒だからね~。」と何度も声をかけました。


そして、ふと思い、こう娘に言いました。

「お母ちゃんのお腹に入ってくるずーっと前に、すごく怖いことがあったんやねぇ。でももうそれは終わったからね。お母ちゃんのところに来たんやからもう大丈夫やでねー。」

もちろん、そんな言葉を娘が理解できるとは思いませんが、そうやって何度か娘に言いました。
息子は、お布団に戻ってからスコンと寝てしまいました。
いつもはそんな時間に起きていない息子が目を覚ましていたというのも、これも愛なのかなー、と思いました。


天真爛漫なお兄ちゃんと一緒にいることで、娘が背負ってきたものを少しずつ手放していけるといいな~、と思います。
……兄妹喧嘩もよくやってるけどねぇ。





そして、寝不足な2人は、お昼ご飯の前だってーのに、仲良く今お昼寝しちゃいました。

12 : 45 : 08 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
偶然……は、必然だと太一くんも言ってたが。
2010 / 08 / 08 ( Sun )
今朝ですね、mixiの方にこんなおバカな日記を書いたんですわ。

おはよーございますー。
まだ眠いっすー。





ボケた頭でさっきぼやーっと思ったコトー。


嵐のみんなにピッタリの大天使は誰だろー?



……えーと。

翔ちゃんはー、ミカエルだー。
ぜってーミカエルだーー。ぴかぴかのミカエルだー。

相葉ちゃんはー、ラファさんだー。
嵐一番の癒し系だもんねー。

ニノはー、ウリエルだー。
ウリエルしか考えられん~。

大野くんはー、ガブリエルさまー。
なんたって「アーティスト」だもんね~。大野くん。




んじゃ、愛する松潤はー………。


……メタトロンだー。




だって、潤くん、名前に「王」があるもん。
だから、天使の王のメタトロンだー。







と。
こんなおバカなことをぼんやり考えて、一人ニヤニヤしとります。
朝から。






ああ。
5人に天使コスプレして欲しい……。




でね。
夕方になって、別件のことでオラクルカードをひいてたんですよ。
そしたらふいに、朝の日記のことを思い出し、彼らそれぞれの(守護)天使は誰ですか~?ってカードをひいてみたんですね。
大天使オラクルカーで2枚ずつ。





そしたらなんと、それぞれのカードに私が想像した天使が1枚ずつ入ってたんですよ!
相葉ちゃんにはラファエルとハニエルとか、潤くんにはメタトロンとミカエルとか……。

さすがにねぇぇぇ~~~、ちょっと「うおっ!」って驚いちゃったですよーー。
むんふーーー。



ほら、あたしってば、いちおーオーダーメイドで「天使の絵」を描かせてもらってるでしょ。
こーゆー結果が出て、5人の「天使の絵」が描きたいわ~~~~、って思っちゃいましたよ~。
描かせてもらえる機会をなんとかうまいことマネージメントしてくれー、天使さんたちーー。
うおー。

19 : 52 : 50 | | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
それが誰のものか、なんてのは本当はどうでもいいことなのかもしれない。
2010 / 08 / 07 ( Sat )
昨日、筋トレの山羊座の来週分を読みましてね。
コレです。↓



2010/8/9-2010/8/15 やぎ座の空模様。


人の力を大いに借りるときですし
人からも力を借りられる時だと思います。
いえ、「借りる」というのは、
ちょっとまちがっているかもしれません。
もう少し正確に言うと
人の力を「もらう」時であるか、
あるいは
人に力を「あたえる」時期、と言えそうです。


それが返ってくるかどうか
それを返せるかどうか
よりも、もっと重大なことがあると思うのです。
それは、今目指していることを成し遂げられるか
ということです。
それが成し遂げられればもう
返したも同然です。
誰かに力を与えることで貴方の目標が達成されるなら、
そもそも貸し借りは発生していません。


人の手の中にあるものを自分のものとしたり、
自分の手の中にあるものを相手に引き渡したりするのは
なかなか勇気の要ることです。
でも、手元だけを見つめずに、
目指しているもっと大きなものに目を向ければ
それはそもそも、誰のものでもなかった
ということに気づかされるのかもしれません。
お賽銭が誰の手に渡り、それがどういう意味を持つのか、
誰だって具体的に想像できないわけではありませんが
それでも、それが「なにかになった」と信じています。
だれのものか、どこにいったか、よりも
願いそのもの、祈りの強さそのもののほうが大切で
そのためにうごかせるものは、
ここから向こうへ、向こうからここへと
自在に動かしていけるのだろうと思うのです。





最後の5行になんとも心がずしーんと来ましてねぇ。




そしたら、マイミクのたまこさんの日記に、うお!となりましてねぇ。
公開が一部限定になっとるんで、リンクはしませんけど、できることならみなさんに読んでもらいたいなー、ってくらいの素晴らしい日記でした。

たまこさんは「そんなことないですよー。」って言うと思うんだけど、いやいやほんと、素晴らしい日記でした。
でもって、ひの♪ねーさんのコメントも良かったなぁ~。


「素晴らしいポイント」はいくつかあるんだけど、その中の1つが、ヒーリングというものに対するたまこさんの解釈です。想いです。



ヒーラーは、相手をヒーリングするのではなくて、ただのキッカケにすぎない。
ヒーラーが癒すのではなくて、その人自身が癒すのだ。



よく、ヒーラーってのは「導管」みたいなもので、天や地のエネルギーを通すだけ、みたいな言い方がされますけど、それでもやっぱりヒーラーさんにエネルギーをもらって癒してもらう、という感覚だったのですよ。
私は、ね。

だから、無料のヒーリングをしてもらう、というのは、どこか「借りを作る」みたいな、そんな感覚があったんです。




でも。
筋トレにあるように、

だれのものか、どこにいったか、よりも願いそのもの、祈りの強さそのもののほうが大切

なのであって、
もしかしたら、ヒーラーと受け手の「やりとり」というのは、一方的なものでもなくて、貸し借りでもなくて、


生命が美しく巡るための共同作業


なのかもなー、と思えたんです。
だからね、無料でヒーリングしてもらっても、「ありがとう。」って心から言えれば、それでいいのかな、って思えたんです。










きっとね、
「私」が癒されるということは、「世界」が癒されるということなんだな、と思うのですよ。

そして、「私」を癒すのは、最終的には「私」しかいなくて、
「世界」を癒すために、まず「私」がいて、そして「天使」や「ヒーラー」がいて……




あー。
てことは、「ヒーリング」って「祈りそのもの」なんだねぇ…。



***********

ひの♪ねーさんのこの日記もどうぞ。
http://hanasunoniwa.blog109.fc2.com/blog-entry-734.html
14 : 27 : 38 | エネルギー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今日は「広島の日」なので、ご紹介しときます。
2010 / 08 / 06 ( Fri )
今日は1945年に広島に原爆が投下された日ですね。

核兵器に対しては、それぞれがいろいろ思うところがあると思います。
大なり小なり。


そして、私は、最近読んだ「ラー文書」の中の文章に、ちょっとビックリしたと同時に、なんとなく……やっぱりな、という気持ちになりました。

物質を直接エネルギーに変換するという過程において、それが「人殺し」をするためという意図があるというのは、やはり想像以上の影響があるんだろうなー、と再確認した……という感じです。






以下、「ラー文書」445ページ~448ページからの引用です。


ラー文書 「一なるものの法則」 第1巻ラー文書 「一なるものの法則」 第1巻
(2008/08/08)
ドン・エルキンズカーラ・L・ルカート

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質問者:
それであなたがたは、私たちがUFO現象と呼ぶものを使って神秘あるいは謎の雰囲気を作り出し、それからテレパシーでたくさんのメッセージを送ってこられたと考えてよろしいでしょうか。「一なるものの法則」のもとでそうしたメッセージは人々に受け入れられたり拒絶されたりしますが、人類は自分たちがしていることの結果を真剣に考え始めるはずでした。私のこの推測は正しいでしょうか。

ラー:
私はラー。部分的には正しいと言えます。私たちにできうる貢献はほかにもあります。まず第一に、あなたがたの空間/時間連続体のなかでそうした核爆弾が使用された場合の、言うなれば、霊や魂の統合が挙げられます。惑星連合は、それをすでに行っています。


質問者:
意味されるところがよく理解できないのですが。もう少し詳しく説明していただけないでしょうか。

ラー:
私はラー。物質をエネルギーに変換させるという知的エネルギーの、そうした兵器のなかでの使用には、空間/時間である第三密度から時間/空間でである第三密度、あるいはあなたが天上界と呼ぶであろう世界への移行を妨げる性質があります。
そこで私たちは、空間/時間から時間/空間への移行のあいだに魂や霊複合体の統合した状態を存続させる存在として自分たちをさしだすのです。

質問者:
それがどのようになされたのかを、広島あるいは長崎の例に照らしてお話しいただけませんか。

ラー:
私はラー。放射能によってではなく、原爆投下時のエネルギーの放出による外傷性障害によって亡くなった方々は、心/身体/霊複合体を生存不可能にされただけでなく、あなたがたが霊複合体とよぶところのユニークな振動性複合体にも混乱を来しています。私たちはこれを、心/身体/霊複合体が再統合不可能なほどにすっかり混乱した状態であると判断しています。これは「創造主」にとっては、「創造主」たる一部を喪失することになります。そこで私たちは、そうした出来事を止めさせることではなく、いわゆる肉体を離れた心/身体/霊複合体の存続を請け合う仕事を許されたのです。これがあなたの言う場所での出来事において私たちが行ったことにほかなりません。その結果、「無限なる一なるもの」の大宇宙に存在する霊、部分、ホログラフ小宇宙のいずれについても、失われたものはなにひとつありませんでした。

質問者:
それをあなたがたはどのように達成されたのかを漠然とでけっこうですので教えてください。

ラー:
私はラー。私たちはこれを、次元ごとのエネルギー・フィールドに精通することを通して行いました。より高次でより高密度なエネルギー・フィールドは、より低い密度の場をコントロールできるのです。

質問者:
つまり、通例あなたがたは地球人類が核戦争をして、そこで多くの死者が出ることは容認される一方で、そこでの死者が、老衰や銃弾による死によって、いわゆる天上界あるいはアストラル界に入るとき以上の衝撃を体験しないですむ状態を創りだせるということになるのでしょうか。

ラー:
私はラー。その解釈は正しいとは言えません。核の衝撃はお考えになる以上です。しかし存在が存在のままであり続けることになるのです。

質問者:
当時、長崎や広島で殺された方々の、現在の状態を教えてください。

ラー:
私はラー。当地で原爆の大衝撃を受けた方々は、まだ完全に癒しのプロセスを開始しておられまん。いま可能なかぎりの援助を受けておられるところです。

質問者:
被爆者の方々にとって、その癒しのプロセスが完了した時点であっても、この原爆による死の体験が第四密度へ上昇する道を後もどりする要因にはなったりしませんか。

ラー:
私はラー。核による破壊行為は、惑星全体に悪影響を及ぼします。このレベルの破壊が起こす影響に差はありません。そして、惑星が癒される必要があります。

質問者:
もっと具体的に考えてみたのですが、私たちの周期の終わりに収穫される可能性があった人が、原爆が投下された時、広島か長崎にいて亡くなったとします。その原爆による死は、その衝撃の大きさゆえに、その周期の終わりに、その人がもはや収穫に値しなくなってしまう可能性はありますか。

ラー:
私はラー。そういうことにはなりません。ひとたび癒しが怒れば、収穫は滞りなく行われるはずです。他方において、この行為のせいで地球が被った損傷のため、惑星全体が癒される必要があります。そこに犠牲者と加害者の区別はありません。

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「相棒」という感覚を教えてくれて、ありがとう。
2010 / 08 / 01 ( Sun )
久々に……1カ月半ぶりくらいに、のりちゃんのブログを読みました。

相変わらず軽やかで、のりちゃんらしくていいなー、と思いました。



やっぱりね、ちょっと淋しくてね、切なくてね、彼女のブログを読めずにいました。

でも、久々に読んだ彼女のブログからは、ふわっとかる~い感じがして、
「あー、ずっと彼女はいい感じで続いてるんだなぁ。」
と、しみじみ感じました。



1度しかリアルでは会ったことないけど、「相棒」という感覚を教えてくれた人でした。
私にとっては、今までにない感覚でした。


自分としては彼女が「ツインソウル」だとは思えませんでした。
とっても近いソウルメイトの1人なんだろうなー、とは感じていましたが、魂の片割れとは思えませんでした。
それでも、「相棒」という感覚を教えてくれたということは、もしかしたら、「ツインフレーム」という関係だったのかもしれません。

ツインフレームというのは、「互いの魂に共通した使命や目的のために助け合うソウルメイト」だそうなので。



ふと思い出して、「筋トレ」の年報を読み返してみたら
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6月から8月までは、環境が大きく変化する気配があります。
引っ越しやリフォームなど、
何らかの形で「居場所」を変化させる時期になりそうです。
******************************************************
とあって、苦笑いしてしまいました。



シエルさんが私とのりちゃんのツインのコードが2月で切れている、と言ったのも、もう目的は果たしたということだったのかなー、と今更ながらに思いました。
離れたということは悲しいことだけど、でも離れたということは、魂の目的を1つ遂げたということでもあるわけで…。




ほんと、今更だけど、のりちゃんにすげー感謝しとります。
逢えて、良かったです。



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