私も、「なんで、ここに、こうやって『いる』の?」と、よく思ったもんだ。
2010 / 06 / 27 ( Sun )
またまたtakakoさんの記事です。

http://marialetter.blog22.fc2.com/blog-entry-143.html


この記事の中で、こんな一文がありました。


癒すとか、違和感があってその答えを導き出すとか、それは必要なプロセスではありますが、通過儀礼のようなものと思った方が良いと私は思います。


そうだよなー、と思いました。
自分を癒すことや、人生そのものを問うような…そんな問いの答えを探すこととかって、
確かに「必要なプロセス」であって、そして「通過儀礼」のようなものなんだろうな、と、最近の自分を省みて感じました。

または、「手段」とも言えるかもしれないです。
決して、それは「目的」ではないな、と思うのです。
……でも、人間だもの。
辛いのから逃れたいからさー、とりあえずの「小目的」しか見えないことって、あるよね。




けどさ。
じゃあ……、
「私」のこの人生の目的は?
「私」の魂の目的は?




…わかんないけど。
わかんないけど、それは、とてもシンプルで、同時にとても深いもの……のような気がします。
今の私には、言葉にはできないような類のもの、かもなぁ…。






あ。
でも、むりやり表現すると、




すべてひっくるめて、愛!




って感じの類のものなんでしょうーなー。やっぱり。
しかし、すげーざっくりな表現だなー。
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21 : 35 : 52 | 魂・霊性など | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今日は雨で見えないけれど、部分月食だそうで。
2010 / 06 / 26 ( Sat )
まー、浄化中でござるよー。うはー。


しかし、なんかパワフルな月食らしいっすね。本日。
そんなんばっかなので、「あー、またかねー。」って感じにすらなっとりますよ。

でもって、年末12月21日には皆既月食だしー。
どうなることやら~。

17 : 41 : 21 | エネルギー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
なんかもー、泣きそうになった。
2010 / 06 / 21 ( Mon )
夏至の今日は、朝からネガネガで、ちょっといっぱいいっぱいって感じですが、
夏至のエネルギーでネガ出し中なのね、と思うことにしました。
ひー。



で。
そんな状態で、takakoさんの最新記事を読んで、
もう泣きそうになりました。
いえ、ちょくら泣いちった。

12 : 01 : 53 | おすすめ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
13回忌
2010 / 06 / 15 ( Tue )
今日は祖母の13回忌。

もうそんなに経つのかー。



家の中はキッチリしていないと気になる人だったので、
私のいい加減な家事を見たら、イラっとするだろうなー、と思います。

「あー、おばあちゃんに叱られるなー。」
と思うことが今でもよくあります。


これも愛ってことで。
13 : 52 : 50 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
もしかして、「章」が変わったとか、なのかなー……?
2010 / 06 / 10 ( Thu )
昨日は朝から非常に気持ちが悪くて、漢方薬飲んでもなかなか復活せず。
なんだろう、この感じ……。いつもの気持ち悪いーってのがヒドいっていうか……


「なんか、まるでつわりみたい。」


と苦笑いでした。
いや、もちろん、生理中ですからね。妊娠なんてしてませんしてません。



でも、つわりって、子供の振動数と母親の振動数のズレのせい、というスピ的解釈を聞いたことがあって、
何か新しいこととか、そーゆーことへの準備だったりして~~、

なーんてことにしておきました。
いや、単に自律神経が乱れてるだけなんですがね。



そいえば。
ネットのお友達の妊娠話を立て続けに聞いたばかりだし、
mixiの日記に安産の話を書いたばかりだったんですけど、

昨日、お父ちゃんの職場の同僚さんで、私も仲良くしてもらってる方が出産したと聞きました。
……それも、車の中で。
病院まで間に合わなかったそうで、それはもう大安産だったってことですから、もちろんいろいろ大変だったろうけど、良かったなー、と喜んでおりました。


なんだろ。

なんか、やっぱり「新しいこと」とか「新しい自分」とか、そーゆーことを感じさせられるんですよねぇ…。

ただ、オメデタイってだけでなく。




そいえば。
2月頃だったかなー?
3月頃だったかなー?

観音様になにげに語りかけたら、
「6月から忙しくなりますよ。」
と言われたんだよなー。


入園・入学が重なって、春はバタバタと忙しかったけど、
6月って落ち着く頃なのになー、と不思議だったんですが、
もしかしたら、忙しいというのは、ちょっと今までと何かが変わってくるよ、ってことなのかもしれないですね。


なんだろうなー?
ちょっとだけ、ドキドキ。
10 : 04 : 20 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
「自分の道」を歩くのは自分一人。
2010 / 06 / 07 ( Mon )
もっと自分が他の「反応」ができていれば、全然違う結果になっただろうに、と思うし、

その時のことを思い返してみても、やっぱりその時にはその「反応」しかできなかったから、自分のダメダメな部分が強く出ちゃったせいで、人間関係が変わってしまった、というのも、悲しいけれど、それもちゃんと自分で受け止めないとねー、と思います。


んーー。
高校生の時のこととか思い出して、ひーーーーってなったりしますわ。
今でも。



例の件もからんで、のりすけちゃんが私のために良かれと思ってやってくれたことに対して、私が怒っちゃうという大人げない反応をしてしまい、のりすけちゃんからはその後何も連絡がありません。
そりゃそうだよなぁー、と思います。

でも、のりちゃんはブログで自分がどんどん軽くなってって楽しいって書いているから、


ああ、そうかー。
のりちゃんは、スッキリしてるのかー。


と、思ったら、寂しいのは当然寂しいけど、
なんかね、すごくホッとしました。
ほんとに、心から良かった、って思いました。



春の頃、シエルさんとのりすけちゃんは、私も一緒に連れて行きたいんだよ、と言ってくれました。
だから、ヒーリングを受けたりもしましたが、
やはり私はついていけなかったんですね。


ツインだなんてまったく知らずに、私はのりすちゃんとなぜかすごく仲良くなって、なぜかお互いを大切に思うようになったけど、
それでも、彼女の「感覚」をスーっと分かるのは、私よりも、たとえばかめちゃんの方だよな、とか、
そういうことも感じていました。

やはり、私がどこか「重い」のかもしれません。

だから、のりちゃんはのりちゃんなりに、私にひっぱられてしまっていた部分もあるのかもしれないなー、と今さらながらに思います。


だったら、
私と違う道に進んで、どんどん軽くなって、どんどん自由になることは、必然だし、良いことなんだろうな、と、
彼女がブログで楽しいと書いているのを読んで、本当に心からそう思ったんです。



そいえば。
シエルさんが言ってました。
今年の2月で、私とのりちゃんのツインのコードは切れたって。


今までののりちゃんとの過去世の物語を振り返ってみても、
私をフォローするように、のりちゃんが辛い経験をしていることが何度かあるから、
コードが切れたことで、もう、のりちゃんの魂は真に自由に、楽しく生きていくことができるようになったのかもしれませんね。



強がって、こんなこと言ってるんじゃないし、
寂しいのは寂しいんだけど、
でも、ほんと、なんか、これでいいのかもね、って、素直に思ったんです。

寂しさはもちろん残っていても、
それでも、ある意味、すごく晴れやかな気持ちです。



なーんてことを、土曜日につらつらと思っていたら、
さっき、takakoさんのブログ
http://marialetter.blog22.fc2.com/blog-entry-136.html
を読んで、(あいかわらず辛口だけど!)なーんかね、

「それでいいんだよ。」

って、言われてるような気がしました。


でもって、りゅーらたんが日記にやっぱり「袂を分かつ」ということを書いてたし、showさんもちょっと似たようなテーマで日記書いてたし。



目指すところはみんなみんな一緒なんだろうけど、
やっぱり道のりはそれぞれ違うんだろうな、ってしみじみ思いました。

一時的に、まるで同じ道を歩いているように思える人がいても、
やっぱり違う道を歩いているんだ、ってことを忘れちゃいけないな、って、思いました。


家族でも、友人でも、恋人でも、師弟でも。
ソウルメイトでも、ツインソウルでも。


「自分の道」を歩くのは、自分一人。
守護霊さまとか、ハイヤーさんとかがぴったり寄り添ってくれているけれど、
歩くのは自分の足だもんね。




どんどん、地球の波動が上がってるー、とか、どんどん現実化のスピードが上がってるー、とか、
スピ系の人たちはよく言いますが、
それって、「自分の道」がどんどんクリアに見えてくるようになるということでもあるかもしれなくて、
だとしたら、それこそ「袂を分かつ」ということに直面することが増えるのかもしれないですね。


それは、「みかけ」のことだけど。


ほら。
コリオリの力って、「みかけの力」だけど、私たちにしたら、お風呂の栓を抜いたら、どーしたってなんかの「力」が直接働いて水がぐるぐる回ってるとしか見えないもんねー。

あれと一緒で、「みかけ」のことだと思うのです。

そういう「みかけ」のことって、他にもいろんなカタチで現れてきてるのかもしれんですね。

11 : 53 : 57 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
向き合っているのは…。
2010 / 06 / 04 ( Fri )
いっこ前の記事について、mixiの方でいろいろコメントやメールをもらいました。
んで、まだお返事が全部済んでないんですが、コメントへの返事をぼちぼち書いて心の中を文章に置き換えてみたら、こんな言葉も出てきました。

**-----------------------------------------**

◆ひのこ☆ねーさん
認めてくれてありがとう。
でも、なんかすげー無理矢理キリキリ考えて、無理矢理吐き出してる感は否めないと思うわー。うはー。

でもでも、なんかね、ブログに書いて、ちょっともう何も出ないやー、ってなってから、ちょっとこの2カ月くらいのことを振り返ってみて、やっぱ私の優柔不断とか、人とモメるくらいなら黙っとこー、とかそーゆーところの積み重ねが「ひっくり返って」こうなっちゃったなー、って思うから、
なんかねー、なにみえがどーの、上がどーの、光がどーのなんて、ほんとは「取り替えのきくお題」で、これらが「問題」として現れたことそのものには意味がねーなー、と思ったよ。

問題に向き合ってるようで、向き合ってるのは「自分の心の癖」だと思った。

**-----------------------------------------**

書きながら、ちょっと泣きそうになってました。実は。




いつでも、きっとそうなんだろうなー、と思いました。
今までも、これからも。


これから、どんな「問題」が現れても、
「問題解決」に頭も心もいっぱいいっぱいになっても、
真に向き合ってるのは、「自分の心の癖」なんだ、って忘れないようにしたいな。



09 : 15 : 08 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スルーできなかったから、いっぱい考えてるうちに、こんなふうになった。
2010 / 06 / 02 ( Wed )
のりすけちゃんのこの記事
http://souhaite.blog105.fc2.com/blog-entry-252.html
に対して、いろんな人がいろんなことをそれぞれ感じたと思いますが、

じぇいど♪ボスがブログで自分の意見をあらためて書いてますね。


ただ、そのボスの記事へのコメントの中には、
(のりちゃんの記事を読んでるか読んでないかは知らないけど)のりちゃんの記事を「批判」とか「中傷」という言い方をしてる人がチラホラいたので、ちょっとだけショボンとなりました。


そりゃ、批判とか中傷と受け止められかねないとは思うんですよ。
んでもって、あれを批判・中傷と受け止めたら、そりゃ「せっかく、じぇいど♪さんたちはみんなのために頑張ってるのに!」って反応しちゃうだろうし、「中傷されて、大変でしたね。」と労いたくなるのも分かります。


でもね。
のりちゃんは、ボスたちを批判・中傷しようと記事を書いたんじゃなくて、自分が確信したことを「善意」からみんなに伝えたい!と行動した、ということと、
さらに、ボスもそれはちゃんと理解してる、ということを書いておきたいなー、と思いました。

そうなの。
ボスにちゃんと聞いたから、これはホント。


つまりね、ボスは別に「批判に対して反論してやるぜー!」って記事を書いた訳じゃなくて、このお題に対して、自分の意見をハッキリさせておいた、というだけなのですよ。


というわけで、これについては、非難やら中傷やらという次元の話じゃないということを念頭に置いてもらいまして。




それでもね、やっぱりスッキリしないままでした。

私はサイキッカーじゃないから自分では認識できないんだけど、シエルさんやのりちゃんが「危ないんだよ。」とでらために言ってるんじゃなく、やはり何か確信めいたビジョンを見てるなり声を聞いてるなりしていると思いたいし、
でも、ボスやさつきのひかりさんたちが道から外れているとか、「光の存在たちにそっぽ向かれた」ともも思いたくないですし、

どちらも、大変なこともいっぱいあるけど、いろんな人たちのために自分のできることを一生懸命やってる、と思うんです。


ただ、ボスたちは、なんちゅーか……、裏ではすごく大変なんだろうとは思うんですが、肩に力が入っていない感じを受けるのに比べて、
のりちゃんやシエルさんは、ちょっと「がんばって伝えなきゃ!誰も気づいて無いみたいだから、私たちが言わなきゃ!」という使命感というか責任感というか、そーゆーのが少し強くなってるように感じます。
なので、そういう部分が攻撃的だと受け止められ、批判・中傷だと思われてしまうのかな、と思います。


私も、ボスたちと、のりちゃんたちと、こんなに意見が違うのって、どういうことなんだろう?と、(前々からチラリとのりちゃんから聞いていたので)2カ月以上ああでもないこうでもないと考えたんですが、やっぱりどうしてもサイキッカーじゃない私には、自分なりのハッキリした事実確認ができないため、自分の意見を定めることができませんでした。

そりゃ、
「葛藤や恐怖を解決していないから、アストラルトラベルでネガティブなものを観る、体験する」
という一言で済んでしまうことなのかもしれないけど、

そうなると、なにかしら危険と思われるものを認識したのりちゃんたちが、そういう精神状態もしくは葛藤を抱えたままなんだ、という結論になってしまいます。

または、のりちゃんたちのビジョンを正しいとすると、ボスたちがいつからか徐々にズレてきてしまった、という解釈にすらなってしまう。



のりちゃんたちは、ちょっと頑張り過ぎじゃないかな、と感じたのは確かだけど、
でもね、私はサイキッカーじゃないからこそ、自分で見えないからこそ、のりちゃんもボスも、どっちもホントだと思いたいと、やっぱり思うんです。
どっちかだけを信じる、どっちかだけが正しい、んじゃなくて、どっちもホントを含んでいる、と思いたい、という気持ちがどうしても捨てられないのです。






と。
そんなことを考えていたら、ボスのブログのコメント欄に、興味深いコメントを見つけました。
http://plaza.rakuten.co.jp/californiajade/diary/201005310001/
「みつばち」さんのコメントです。

このコメントを読んで、さらにあれやこれや考えたんです。





今回ののりちゃんの問題提起って、
「アストラルトラベルは思ってるよりもアブナイものだから、ちょっとよくよく考えてみてよー。みんなー。」
ということになると思うんですよ。
すげーーーーはしょってますが。

で、それに対して、ボスは、
「自分の中に恐れを抱えたままのアストラルトラベルをしたら、そりゃいろんなネガティブな体験にもつながるだろう。
でも、やはりそういうことも理解した上で、トライしてくださいとしかこちらは言えない。」
と言ってるんだと思います。
これまた、すげーーーーはしょってますが。



この「問題提起」と「回答」。

なるほど、と思いますよね。




でもね。
もしかしたら問題の本質はもっと別のところにあるんじゃないか、と、「みつばち」さんのコメントを読んでいたら思ったんです。


私、Landのことはよく知らないんで、ちょっと横に置いておきますが、
クリロズみたいな場所は、他にもいろいろあるんですよね?
「浮島」とかよくみんなが言ってるけど。



△△という浮島が○~□次元にあります。



と、言われた場合、みなさんはどのようにそれらを捉えますか?

なんだか分からんけど、ココより高い次元のとある場所に、島のようなものが存在している

とイメージすると思うんです。
なにか固有のものが、固有の場所に存在する、というイメージ。


でも、もしかしたら、たとえば「クリロズ」という名前から「場」を探して、その「場」に行ってみたとしても、
そこが他の誰かが認知したのと全く同じ「場」であるかどうか、というのは、アヤシイのではないか、

……って、実は前々からうすうす思ってたんです。
根拠はありません。なんとなくです。


「大きな葛藤や恐怖を抱えたままのアストラルトラベルは、それに応じたものを経験する可能性が高い」
というのは、言い換えると「場」を選んでる、またはそれに応じた「場」に行かざるをえない、ということではないか。
そして、その「場」の数はトライする人の数だけあるのではないか。

てことは、たとえ主催者のボスでも、クリロズという「場」の「すべて」を認知できない、(とりあえず覚醒者でない凡夫なら)誰にもできないのではないか、と思ったわけです。


となると。

「みつばち」さんの言葉を借りれば、
『あの場所が、何かおかしいよ、致命的な事態になる前に対処したほうがいいよ。と言ってくれている』と、と捉えたとしても、


対処のしようがない


ということを示しているかもしれない、という考えが浮かびました。
さらに仮説を進めてみます。


たとえば、ボスやさつきのひかりさんが、「クリロズというのは、5000~5500オングストロームくらいの波長域にあるよ。緑~黄緑色だよ。」と認識しているとしても、
実は、いろんな人がアクセスすることによって、徐々に波長域が広がって、7000オングストロームの赤色までに拡大していたとしたら?

そして、もしも「場」というのものは一方通行ではなく、「人」と「場」に大きな相互作用があるとしたら?

ボスやさつきのひかりさんの上の人たちが、定期的にクリロズの「波動調整」みたいなことはやっているとは思うんですが、もしもなんらかの理由で拡大した部分までうまいこと手が回っていなかったら?

……って、あくまで仮定なんですけどね。
でもね。
なんかね。
たしかに遠足が終わった後から、なーんとなくアストラルトラベルの感想とかをコミュのトピとかに書かれてるのをぼや~っと読んでるうちにね、なーんか不思議な違和感を感じることがチラリチラリとあったのですよ。
だからほとんど読まなくなっちゃったんだけど。


なので、もしそうだと仮定したら、

葛藤がたくさんたくさん残ってる人がクリロズにアクセスするということは、緑~黄緑色の「場」ではなく、赤色の「場」に毎回触れることになり、「場」の赤色に知らず知らずに染まってしまうことになって、それが危険なことなんだよ、

ということが「アストラルトラベルは危険なんだよ。」の本態かもしれない、と思ったんです。




手が回らないなんて、そんなとこあるかーー?
と私自身思いたくもなりますが、どちらかだけを否定することなくいろいろ仮定してみると、こんなふうにもなる、という一例として読んでもらえるとありがたいです。



でもね。
それすら「問題の本質」ではないな、とだんだん思えてきたのです。


ここにもうひとつのキーワードを当てはめてみます。


「なにみえから、高次の存在たちは手をひいた」



ありえんだろー?と思いますよね。
私もありえんと思いたいです。
ていうか、そもそも高次の存在たちはどんな人たちをも見捨てるなんてことしないもんだと思うし。

でもね、シエルさんのエグいビジョンよりも私の中が混乱したのはこの言葉でした。


これって、肯定しても否定しても、どっちもキツい言葉なんです。

いえね。
どうでもいい人が騒いでるなら、「あー、そうなのねー。そーゆーところにいる人なんだねー。」でスルーしちゃうんですが、今回は私に限ってはそういうわけにはいかないので、思いつく限りあらゆる可能性を考えてみたいので、こうやってあーでもないこーでもないとやってるわけですが…。

肯定すればボスたちの波動がどっか低いよーってことになるし、否定するれば「のりちゃんたちの一部波長が荒い部分が、なにか変なものを引き寄せて、変なこと言われたんだよ。」ということになるし。


でもね。
どっちにせよ、どっちかだけがちょっと変だよと言い切るということは、もしかしたら「光に囚われてる」のかもしれない、とふと思えたんです。


つまり、もし、のりちゃんたちがそうやって確信するなにかビジョンなりチャネリングなりを得たとするなら、
それは、「どっちが光側の人間でしょうか?」という当てっこをするためなんじゃなくて、


「問題提起する側」も「される側」も、今まで当たり前だと思ってて意識に上ることすらなかった自分の「思い込み」を、この件で自分で見つけてみたらどうかしら?と、促されてるのかもしれない


な、と思ったんです。
実際、青い月の親方なんて、すぐにのりちゃんの「問題提起」からエッセンスを取り出して、すごくうまいこと自分の中に取り込んで生かしているんですよ。
あれは見事だなー、とホレボレしたですよ。



「上」では、もしかしたらすべてがうまいこと治まってるのかもしれない。
ただ、それを「下」で解釈する時に偏りができてしまってるだけかもしれない。

それは、波動が高いとか低いとかというより、もっと簡単にいえば「思い込み」というものなのかもしれない。
そして、私ものりちゃんもシエルさんもボスもさつきのひかりさんもそこのアナタも……、みんなみんなある意味どこか「光に囚われている」のかもしれない。
良かれと思って「中傷されて大変でしたね。」と労うのだってそうかもしれない。



しんどい思いして葛藤をがんがん手放してきたとか、さんざん浄化をしてきたとか、そういうことの次にくるのは、
「光に囚われている部分」を自分で見つけて、自分でなんとかしろ、ということなのかもしれないな、と思ったんです。




人間は、上でも地上でも、見たいものを見る。
ほんとーーーーに「見たい世界」を見てると思うんです。
私は、ね。



何かしらの「不調和」が自分の目の前に現れたら、やはり何かを問われているんだと思います。
特に今は「光に囚われているんじゃないか」という視点で。

私の場合は………


サイキッカーじゃないから分からない、(そういう面での)人の手助けができない、と思い込んでる部分とか、
答えを「誰かの中にある不調和」から見つけようとしてしまいがちだとか、


ちょっと考えてみただけでもなんかいろいろありますね。
お恥ずかしいですが。





あれやこれや考えてみて、今はこんな感じです。
結局は自分を省みることになる、という、まさに王道ですね。
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