記憶の中のマルデックは緑の惑星だった。
2017 / 05 / 09 ( Tue )
ちょっといろいろありまして、なかなかブログを更新することができずにおりました。

さて。
今日のお昼前にエイトのライブDVDが届いたので、早速見よう…と思ったのですが、何故かそこからお絵描きモードになりまして、
まず、アクリル絵の具でガーっと描きまして……でも、今日は曇天のためか写真が綺麗に撮れませんので、その絵についてはまた後日。
で、その次になんとなく色鉛筆で描きたくなりまして、ぼ~っと描いていましたら、
「これ、マルデックだなぁ……。」と思いました。
……もう破壊される寸前という感じ。



2週間前くらいですかね。
これまた何故か急に昔購入したこの本を読み返したくなりました。



拾い読みをしてたのですが、な~んとなくマルデックのところは割とじっくり読みました。
その意味は、数日後に分かったのですが(←これもまた落ち着いたら後日ちゃんと書きます。)、なんとも久々にマルデックがこうやってちょいちょい出てきます。


私の中で最初にマルデックのことが出てきたのはコレだったのですが、もうこの数年はほとんど思い浮かぶことがありませんでした。
なので、久々にマルデックのことをフォーカスしている自分に対して、ちょっと不思議な感じすらしてます。
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それは、誰かの心にちゃんと残る。
2017 / 04 / 11 ( Tue )
ブ子

今朝、FBが『去年の今日、こんな記事を書いてましたよ?』と一年前の記事を出して来ました。
それは、10日間行方不明になってたブ子が帰ってきた、という速報記事でした。

あの記事にはブログを読んで下さってる方々がブ子の帰りを祈っていてくれたコメントもありまして、それも一年ぶりに読み返し、人の心の温かさをじんわり感じておりました。
きっとコメントしていない人の中にも「ブ子ちゃん、無事に帰ってくるといいなぁ。」と思ってくださってた方もいらっしゃったと思うのです。
人間の善性は、温かいです。



人間の善性。

その現れ方は様々ですが、ご近所のおじさんの現れの1つは、ボランティアでほぼ毎日小学生の下校に付き添う…というものでした。
田舎なので、そこそこの距離を付き添うことになるのですが、それをほぼ毎日何年もやってくださいました。
ヤンチャな子をガッツリ叱ってもくれていました。

そんなおじさんでしたが体力的にしんどくなってきたのか、確か娘が1年生の時だったと記憶してるのですが、ボランティアを引退されました。
それでも、息子が在籍していた支援クラスの行事に招かれると、愛用のカメラを持って参加してくれました。
写真もよく頂きました。


しかし、先日。
おじさんが亡くなりました。
町内のお手伝いとして、おとーちゃんもお通夜の式と告別式に行きましたが、お通夜には卒業生も何人か保護者と一緒に参列していたそうです。
息子と娘も連れて行こうかと思いましたが、息子が(おそらく斎場の雰囲気が怖くて)行かないと言うので、お通夜の式には参列しませんでした。


が。
おとーちゃんが帰宅すると、
「○○さんのお顔はどうだった?」と息子は真剣な表情で訊きました。
やはり最後におじさんの顔を見たい、と息子が言うので、斎場から帰ってきたばかりのおとーちゃんが私達を連れてってくれました。

息子が行くと、おばさんたちが喜んでくれました。
おばさんたちに息子が
「○○さんは、ぼくをずっと見守ってくれてたんだよ。」
と、言いました。
おばさんは、
「息子くんがくれた(学校で書いたお礼の)お手紙、(おじさんが)全部どこかに仕舞ってあるはずだよ。」
と、教えてくれました。



人の善性の現れは、誰かの心にちゃんと残るものなのだろうな、と思いました。
21 : 09 : 35 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
私は何故嘘つきなのか。
2017 / 04 / 01 ( Sat )


今日はエイプリルフールですね。
嘘の日なので、嘘について気づいたことを書いておこうと思います。



私は嘘つきです。
その場を乱さないように嘘をつく……と言えば聞こえはいいですが、嘘は嘘です。
「嘘も方便」なのも分かっていますが、「本当のことを言う勇気が出ない」だけなのだと思います。
自分の意見を言う勇気が無かったり、いい人で居ることをやめられなかったり、非難されることが怖かったり…と、そんなところです。

何故なのかなー……と、地味にずーーーっと自分に対して思ってはいたのですがさっぱり分かりませんでした。
しかし先日、「あ!」といきなり分かりました。

子供の頃のことです。
父親の会社の取引先が倒産し、父親の会社も倒産しました。
それから借金返済催促の電話が自宅にもかかってくるようになりました。
すると、父親が自宅に居るのに、子供の私に電話に出て「お父さんは居ません。」と言うようにお願いされるようになりました。

その時、私はイヤだとは思いませんでした。
父親が困っているのを助けることができる自分になっていることが嬉しかったのです。
嘘をつくことが親を助けられる喜びとリンクしてしまっていたのです。

そのこと自体を忘れていたわけではありません。
しっかり覚えていました。
けれど、それが私の本来備わっているであろう「正直さ」を汚染しているとは思ってもいませんでした。
それにハッと気づいたのでした。




親だって凸凹があり、そして必死に生きています。
多かれ少なかれどうしても親の在り方が子供を「汚染」してしまう部分はあるのだろうと思います。
それを嘆いたり恨んだりしても意味が無いので、そこを自分で掃除していくしかないし、それが「学び」の1つなのでしょう。

……そして、私が子供たちの何かを汚染している部分もあるんだろうな、と思いつつ。
22 : 00 : 47 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鍋底焦げ焦げ
2017 / 03 / 30 ( Thu )
2階廊下の窓際で黄昏ていました。おブ子さん。

黄昏


さきほど、こんなツイートを見つけたのでRTしたのですが。




……じわじわキてます。


今週の初めにオカンが泊まりで来たと前回の日記に書きましたが、
岐阜に帰る日に、いつもの自然食品のお店にオカンと子供たちを連れて行きました。
すると、スピの話もできちゃう店主さんに、オカンが自身のオカルト経験などを話したりしてた…のですが、
その話の中で、オカンより霊感の強い弟1号のこともちょっと話に出たりしました。
そして更にNO霊感の弟2号の話もちょっと出てきまして……と、そこまでは良かったんですが、
オカンが、
「息子たちは、『おねーちゃんは可哀想だけど一番頭悪いもんなー。』って言っててねぇ。」
と、言ったのでした。

それは太陽は東から昇って西に沈むことくらい明らかなことですし、弟たちがそう言っていたこともオカンから何度も聞かされてますし、今さらそんなこと言われてショックを受けるなんてことも無い…ハズだったのですが、涙がうわ~っと出そうになったのでした。
ヤバいヤバい!と、必死に涙を押さえ込んだのですが、ちょっと目がうるっとしてたと思います。
それでも、春はちょいちょい急に目がショボショボしてうるうるっとなることがあるので、そんな感じに見えるかな?と思って、何食わぬ顔をしてました。


私ってば、なかなかココから抜けられないんだな~…。


と、会話を続けつつ、そんなことを考えていました。
平行世界の「頭が良くて、好きな研究を続けている私」を垣間見たことで、そのあたりはかなりスッキリしたような気がしていたのですが、まだまだぐつぐつに煮詰まった焦げは残っているんだな、と、感情が動くより先に涙が溢れそうになる、という反応で理解しました。
(感情は動いてないのに涙が溢れそうになったので、どえれ~ビックリしたがね!)



何者かになりたがってる自分がまだまだアチコチに居るんやろうな~……と、先のツイートを読んで思います。
じわじわキます。
自分で思ってるよりも、うんと辛かったのかもしれんですね。
そして、10代20代の私は「受け入れる」んじゃなくて「あきらめる」しかしてなかったのかもしれんですね。
だから鍋底は焦げ焦げ。
かなり焦げをこそげ取ってきたつもりだけれど、まだまだ残ってるってことですね。
(実はですね、今年の冬に愛用の鍋を盛大に焦がしたのですが、重曹を混ぜた水を入れて毎日ストーブにかけていたら、ようやく焦げが全部取れたところなので、そのうち自分自身の焦げもそのうち全部取れると信じることにします~。)





でも、そういう「自分ではよく分かっていない自分」を知るのはとても興味深いです。
一生かけて自分を知り続けるのでしょうね。
ほんとうに興味深いです。
22 : 47 : 54 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
たみえはマクロレンズを手に入れた!
2017 / 03 / 08 ( Wed )
ペンデュラムに続き、たみえかーさんはスマホ用マクロレンズを手に入れました!
それも百均で!

私のスマホはダブルカメラなのでマクロレンズは使えないかなー、と思っていたのですが、メインカメラの方にくっつけてワイドアパーチャ機能をOFFにすれば使えました~♪
一眼のカメラでもよく接写で撮ってたんですが、もっと手軽にできて楽しいです~♪

紅梅

オオイヌノフグリ

inahoサボテンちゃん

時空のトンネル接写

これは月子さんにプレゼントしてもらったお気に入りの「時空のトンネル」(FUSION FACTORY) にレンズをべったりくっつけて撮りました。
コレです。
時空のトンネル

今日はスーパーで釜あげしらすを買ったので、タコの赤ちゃんやイカの赤ちゃんが混ざっていたら撮りたいと思っております!
17 : 19 : 27 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
春が来ましたね。
2017 / 03 / 03 ( Fri )


春が来ましたね。
……春はどっちかっちゅーと苦手な季節なのです。
体調が乱れやすいので苦手な季節です。
でも、ちょっとソワソワするような、そんな感じは嫌いではないです。

去年の春は息子が地元の小学校卒業・支援学校中学部入学ということで、寂しさもあり、多少の不安もありましたが、
支援学校へはすぐに慣れて、毎日楽しく通ってくれているので、一年前の私に「予想以上にええ感じやよ♪」と言ってやりたいです。


今年の春は、みなさんにとってどんな春になりますかね。
別れもあるかと思いますが、素敵な出会いのある春になるといいですね♪

14 : 56 : 52 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出会ってしまったら、仕方がない。
2017 / 02 / 28 ( Tue )
「出会ってしまったら、仕方がない。」

先日、「なみだの分かちあいアジア」というNGOの代表である「りゅうさん」がおっしゃった言葉です。
出会ってしまったので、りゅうさんはずーーーーーっとアジアの各地で大変な思いをしながら生きている人たちのために活動を続けていらっしゃるのだそうです。

STA

多少は知ってることもありましたが、やはり知らないことがいっぱいでした。
危険な場所にも赴いて、現地を見てきている人の言葉は重たかったです。
りゅうさんも言葉に詰まることがありましたし、会を主催してくれたinahoの店長さんは会の早いうちから目に涙を溜めていました。
今回は、特にバングラディッシュのチッタゴン高原における少数民族虐殺についてお話を聞きました。
(良かったらこちらなどを参照してみてください。)


そんなお話を聞いて、知り合いの参加者さんの中には、恵まれてるのにコレといって何もできない自分たちに罪悪感に似たような気持やもどかしさを感じていたようでした。
それこそ、出会ってしまったら仕方がない、のです。
知ってしまったら、そういう気持ちなるのは仕方がないのだと思います。
「自分には関係ないことやし~。」とスルーできるくらいの人なら、あんな会に参加しませんからね。
ですから、そうやって心が強烈に動くというのは、大切なことだと思います。

しかし、やっぱり罪悪感は要らないものだと思うのです。
悲しみや怒りは行動力の源泉となることができると思うのですが、罪悪感はモノゴトのねじれを解消するための行動力を呼び起こすことはとても少ないような気がするのです。
自分を責めるだけで終わってしまうような気がするからです。

ですから、出来事に対して悲しみや怒りを感じてる途中で、それが罪悪感になってしまいやすい人は、まずはそういう自分の中のねじれを解消することから取り組むべきなんじゃないか、と私は思います。
それでも全然遅くないと思います。
と、言いますか、それが結局は一番の近道なんじゃないかな、と思うのです。
私たちはみんな「ねじれまくってる存在」なのでしょうから。






や、しかしほんと、「出会ってしまったら、仕方がない。」という言葉には、深く頷くしかありません。
人生を捧げるような仕事であったり、パートナーであったり、または殺す殺されるという関係になってしまったり…。
良い意味も悪い意味も半々ですね。

でも、どんな「因」を持っていたとしても、それを「果」とするための出会いである「縁」を起動するためには、「自分がどのような言動を選択するか」にかかっているようにも思います。
どんな「縁」が発動するかは、今の自分の在り方そのもので決まるんだと思います。

……って、じゃあいきなり国が内戦状態になって難民になってしまった人たちは、そういう在り方をしてたのか?と問われると、
集団意識の状態でそうだったとも言えるかもしれませんし、そこに生まれたという時点ですでに「縁」が発動してた、とも言えるような気もします。
私たちが今の日本に生まれた、ということも、そうでしょうし。

………って、じゃあ好ましくない「因」の「縁」が発動してしまったら、もうどうしようもないのか?と問われると、
それを完うするしかない、とも言えるかもしれませんし、「その出来事に対してどう反応し、どんな言動を選択するか」を更に問われてる、とも言えるような気もします。



出会ってしまったら、仕方がない。


…ので、まずはそれを受け入れる。
でも同時に、その出会いをどのようなものにしていくのか、の裁量権を与えられてることも忘れない。

そういうことなんじゃないかなー?と、私は思います。
11 : 28 : 39 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ヒーリングセションを受けたら放置口座が気になり始めたので…
2017 / 02 / 22 ( Wed )
このヒーリングセションを受けてから、変化…と言っていいですかね。
分かりやすい変化が2つほどありました。

ひとつは、腰回りのお肉が落ちたことです。
私は痩せてる方なんですが、それでも中年になってから脇腹に肉が付いてきました。そして落ちない落ちない。
それが、ヒーリングセションを受けてから特に何もしていないのにスッキリしてきたのです。
心や精神と体は無関係ではありませんから、「心や精神の方で要らないものが落ちた」のかもしれません。

そして、もうひとつが、ずーーーっと放置してあり、すっかり忘れていた銀行口座のことが突然気になり出したのでした。
「これはお金を大事にしてないことになっとる!それはいけない!」と、なんともソワソワした気持になってしまったのでした。

放置口座は3つありました。
すべて会社員時代に必要があって作った口座でしたが、なんがかんだで最終的には数百円預けたまま10年以上も放置してしまいました。
2つはメガバンク、1つは地方銀行の口座だったのですが、2つのメガバンクはそれぞれ統合していて銀行名も違いますし、
そのうちの1つのメガバンクと地方銀行の口座なんて旧姓のままでした。

なので、気になり出したものの、どれも解約が手間取りそうで面倒だなー……と、思ってなかなか銀行に問い合わせをする気力が出ずに、ズルズル先のばしにしていました。
ズルズルしっぱなしではさすがにマズいと思い、「面倒でも3月中には片づけるぞー。」と少し前に目標を設定したところでした。


しかし、です。
日曜日の夜からちょっとお腹の塩梅がイマイチになり、結果的に「ナチュラル・プチ断食」の状態になりまして、
それを超えて…昨日のお昼前に突然…本当に突然だったのですが、「口座を解約しないと!」と気力がいきなりモリモリ湧いてきまして、すぐにそれぞれの銀行の最寄りの支店に電話して問い合わせたのでした。

さすがメガバンクです。
どちらも問い合わせに対しての回答がとても速かったです。
その上、旧姓のままの口座でも、通帳とカードと届け印があるなら、すぐに解約に応じてくれるとのことでした。

地方銀行の方は、問い合わせに対しての回答にもちょっと時間がかかっていましたし、旧姓のままなので戸籍抄本が必要だと言われました。(その電話の後すぐに役所に行きまして、抄本も取ってきました!)
解約手続きもその場で完了ではなく、残高は数日後に指定した別口座に振込ということでした。


そして、今日の午前中に3つの銀行に行ってきました。
メガバンクは手続きも速かったです。
最初に行ったメガバンクの方なんて、「長いことお取引していただいてありがとうございました。」と案内係の方にも担当の方にも、さらになんだか恰幅のいいオジサマにも丁寧に言ってもらっちゃいまして、
『いやいや、ずっと放置してただけだから~~。』と内心申し訳ない気持になるくらいでした。
でも、あんなに丁寧に対応してもらえると、この銀行のネットバンク用口座を作っちゃおうかな~、と思うくらいでした。

もうひとつのメガバンクの方は、そういう丁寧さよりも迅速な処理!という感じでした。
これはこれでありがたかったです。

地方銀行は一番手間がかかりましたが、対応や雰囲気に「あ~、昔ながらの銀行って感じや~。」と思いました。
洗練はされてないんですけど、それはそれでいいのかも、と思いました。




というわけで。
スッキリしました!

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自分を再発見してみる
2017 / 01 / 27 ( Fri )


月曜日は娘の小学校がお休みだったので、2人でお茶してきました。



さて。
今週は更年期障害の頭痛でイナホの朝市に行けず、うまうま椎茸をゲットできずに非常に残念だったのですが、
今日は午後にちょいとイナホに行ってきまして、先客のお客さんたちと店長さんとおしゃべりしてきました。

というか、私がもにょもにょしてたことを聞いてもらいました。
というかというか、厳密に言うと、「もにょもにょしてたことの原因が分かって、分かったからこそうぇぇぇぇーってなってた」ので、うぇぇぇぇーってなってる~ってことを聞いてもらったのでした。

そんな会話をしていて、その流れの中で、
「あー、でも私はうぇぇぇぇーって(猫が毛を吐き出すみたいに)吐き出したものを、つつきながら観察して分析して、それからそれをブログに書くんだよねぇ。」
と、言ったんです。私。
すると、みんながそういうことはなかなかできるもんじゃないよ的なことを言ってくれました。
まず、うぇぇぇぇーって吐き出したものを観察しようとする物好きはそうそう居ない、と。
その上でそれを文章でもって成形するというのは、努力が必要だ、と。


褒めてくれたんだと思います。
ありがたいことです。

でも、ちょっと不思議だったんです。
自分は当たり前のようにずーーーっとしてきたことが当たり前のことじゃない、と言われて。
もちろん、文章を書くのが苦手な人もいるし、観察や分析や内観が苦手な人もいるので、誰でも当たり前にできることではない…に違いないのは頭では分かっているんですけど、「お腹が空いたからご飯食べるかー。」くらい当たり前のことだったので、人に言われて改めて「これも自分の特徴」なんだなー、と思えました。




多分ね、誰でもそういう部分ってあるんだろうなー、と思います。
自分では当たり前になってて、自分では評価しようともしていない自分の特徴が。

今年はそういう自分を再発見する年にしてみるといいかもしれないですね。
そのためには、家族や友達とお互いの特徴について話せるのが一番早いような気がします。
たくさん再発見できるといいですよね~♪
17 : 59 : 49 | つらつら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
民絵屋誕生日の今日、自分のダメ母っぷりを書いてみる。
2017 / 01 / 19 ( Thu )
民絵屋8才

民絵屋を開店したのが8年前の今日でした。
お仕事を続けていられるのもみなさんのおかげです。
ありがとうございます♪

これからもどうぞよろしくお願いします♪♪









さてさて。

こんなツイートを目にして、思わずリツイートしたのですが。











はぁぁぁぁぁぁ~…と、ため息が出ました。




実は先日、うわわわわわわ!と叫びたくなることがありました。
どれだけ優しそうに見えるお母さんでも、怒ると怖いし、よく怒ってるものだ……というのは、自分が子供の時に怒られる立場として、今は怒るお母さんという立場で実感していることではあるのですが、
それでも、ちょっと異常な怒り方をする自分というのに薄々気づいていました。
それは、「普段の怒り方」ではなくて、何か特殊なスイッチが入るかのように怒る「異常な怒り方」なのです。
暴力をふるうことはありませんし、怒鳴り散らすわけでもありません。
でも、「コントロールできなくて高圧的にいつまでも怒り続ける」という普段の私ではなくなる怒り方をするで、娘はとてもしんどいと思います。

ええ。
毎回、後から「しまった。」と思うのです。
でも、娘にそのように怒ることが時々あるのです。

先日もそのように怒ってしまいました。
そして、後から娘に「怒りすぎて悪かった。娘ちゃんの話もちゃんと聞かなくて怒ってごめん。」と謝りました。


……謝ったのですが、同時にさすがにこれはアカンやろ、と、初めて真剣に思いました。
それまでも「反省」はするのですが、「これはマズいやつや。アカンやつや。」と初めて気づけたのです。
なので娘には
「今はお母さんを許してはアカンよ。許さんでいいから。娘ちゃんが『いいよ。』と言ってくれるとお母さんはまた同じことを繰り返すに違いないから。」とも言いました。
娘も真剣な顔をして頷いてくれました。


そこから「どうしてそうなるのか」をじっくり探してみました。
今まで自分が「異常な怒り方」をする時はどんな状況だったのかを、できる限り思い出してみました。
すると、娘が小学生になってからが多くて、それも最近増えてきたのが分かりました。
そしてハッと気がついたのです。
これこれこうする…という自分の中の予定を、娘が突然ねじまげるような行動をしたり、友達と約束してきたりすると、怒りのスイッチが入ってしまうケースが圧倒的に多かったのです。
しかし、子供が親の予定していることを無効にしてしまう…なんてことは日常のことです。
なのに『怒りのスイッチ』が入ってしまう場合があるのです。

それは、娘の言動に対して
身体がしんどいことが多い中で、なんとかやるべき家事等をこなしていくために体調を見ながら自分なりに予定を組んでいるのに、それを知りもしないでいきなり予定を変更するようなことを言い出す・やらかす、と私が無意識に解釈してしまう時にスイッチが入ることに気がついたのです。

ですから、後から「なんであんなに怒ったんやろ?あんなに怒るような案件じゃないのに。」と冷静になって反省するのです。
娘の言動に大きな問題は無いからです。



20歳で体調を崩してから、体調の不安定さを抱えながら大学に通い、会社にも勤めていました。
特に会社では、いつ寝込むことになるか分からないので、予定を前倒しにして仕事をするように心がけていました。
みんなにかける迷惑を最低限のものにしなければないならい、と、ある意味では強迫観念みたいなものになっていました。
その癖がまだ残っているのか、端から見たらゆるゆるな主婦でしょうが、自分では「自分の体調の不安定さを常に考慮しつつ予定を組んで行動している」という意識があるのです。

そしてそれは、いつも心の中に重苦しい「不安」を生み出しています。
「自分が動かないといけない時に、しんどくなったらどうしよう。」という不安が意識と無意識の狭間にいつもいつも横たわっています。

ですから、子供を迎えに行かなければならないのに体調が思わしくない……と、我慢できる限界の気持ち悪さや頭痛を抱えてながら運転することも時にはありまして、そんな時はそんな自分の身体がほとほとイヤになります。
ついでに言うと、運転が得意ではなく夜道は特に苦手なのに、暗くなってから娘をソロバン塾に迎えに行かなければならない時も、目が良くなくて反射神経も良くない自分の身体がイヤになります。

昨年一年間のアレコレで、身体が楽な日がかなり増えてきて、精神的にも相当楽になってきたのですが、私はまだ『自分の身体を信頼する』というところまで至っていなかったのです。
信頼するどころか、怒っていたんです。

つまり、娘に対しての異常な怒り方をしてしまうというのは、自分の身体に対しての怒りを娘にぶつけていたからだったのです。


イヤだ~…イヤだ~~……とは、ずーーーーーっと思っていましたけど、自分が自分の身体に対して怒っていたというのは、全く認識していませんでした。
病気というものは人に「人生の方向転換を促すもの」という捉え方は、ほぼ同意できます。
そういうものだと思います。
そして、自分の人生においての「体調の不安定さ」への解釈もある程度は前向きにしてきました。

しかしその過程で、私は「怒りをまともに感じることができなかった」のだと思います。
怒ることをヨシとしないからなのか、怒りを潜在化することで楽になろうとしていたのか、そこらへんはまだよく分からないのですが、
とにもかくにも「ちゃんと感じることができないままの怒り」は溜まり続けて、娘にぶつけることになってしまったことには違いありません。
娘がお膳立てしてくれるから「やっと怒れる!」という感じだったのかもしれません。
本当に娘に申し訳ないです。




ですから、『加害者は被害者に依存しているからだ。』という言葉、そして、『一番現実的なのは、自分で自分を救う作業に没頭することなのだと思う。』という言葉は刺さったのでした。

あれらのツイートをリツイートして、こんなことをツイートしました。


このツイートの裏にはこんなことがあったのでした。
「娘に対して時々異常な怒り方をする自分だけど、弱い人間だもの。そんな自分も赦さないとね。」という意味ではないことはお分かりいただけると思います。






ちなみに。
「自分の身体を信頼する」というのは、「絶対に健康で丈夫で元気になると思い込む」こととは違うんだ、とようやく分かったような気がします。

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